温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

磯釣り

 

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  日本海は8月になるとクラゲやメラなど、人の肌を刺す魚類が多くなるので泳ぐのはやめていた。メラとは体長3から5センチほどの、カマスの幼魚みたいな魚で、接触するとススキの葉で切ったときのような痛みが奔った。

 夏休みのある日、いつも一緒に遊んでいる三人組で磯釣りに行くことにした。

 さっそく僕らは釣り竿になるような竹を探しに裏山へ入った。釣り竿だから細くて長いものがいい、あちこち探し歩いて釣り竿らしいかっこいい竹を選んだ。丁寧に枝を取り払い、釣りのような恰好をしてみた。握る部分の太さは2センチほどで長さは5メートルほどもある。

― よし、良い。

 形のいい竿が出来上がった。これに竿より少し長めのテグスを付けて先端に磯釣り用の針を結び、下から30センチほどのところに鉛を取り付けた。これで完成だ。磯釣りの場合、浮きは付けない。鉛を海底まで落とし、それから30センチほど上下させるサグリという釣り方だった。

  翌朝、麦わらボウシを被り、祖母の作ってくれたワラゾウリを履いて負い籠に竹の皮で包んだ大きな三角にぎりを入れた。3人とも極端に長い釣り竿を担いで家をでた。

 現在考えると不思議であるが、当時は水筒を持って行くのは遠足だけで、磯釣りや海水浴に行く場合でも持たなかった。オニギリを食べるときでも水分補給しなくて済んだ。喉が渇いてどうしても我慢できないときは海岸から離れて民家の庭先にある井戸水を飲むことはあったが、ほとんど飲まなくてもいけたのだ。その点、現在の人間は常に水を手放すことのできないか弱い人間になっている。

 40分歩いて僕らの釣り場に着いた、いつもこの辺りで釣っている磯だ。岩場だが広い台地のようになっているので足場はいい。

「さあ着いたぞ」

 負い籠を下ろした。

 釣りの仕掛けは出来ている。

 波打ち際の岩場にいる「舟虫」を餌にして竿を出した。

 舟虫はゴキブリによく似た虫で素早いが飛ぶことは出来ないので、簡単に捉まえることができた。

 離れた場所に立っているY君が小さな魚を釣り上げた、ベラのようだ。

 僕はなかなか釣れない、場所をかえて海底の岩場みたいなところに餌を下ろした。

グッと引きがきた、

― かかったぞ。

ググっと引きが強い、

― 大物だ。

 仕掛けがバレないよう手前にたぐり寄せて魚を見ると蓋20センチほどのシッペイだった。

 シッペイとはカワハギのことだ。

 カワハギは「どんな大きな魚が釣れたのか」と思うほど引く力が強くて釣りには楽しい魚だった。

 1時間ほども経ったとき、

「釣れるか」

 近くの漁村に住んでいる同級生のH君が来た、僕らが来るのを見ていたらしい。

「だめだ、まだ2匹だ」

「餌は何や」

 とH君がいいながら舟虫を付けているのを見て、

「こんなもんじゃ釣れんよ。いい餌を教えてやるよ」

と、僕らが居る岩場の奥にある浅瀬の波打ち際で小さな石を取り除いてザリ蟹を獲った。

僕らもそこら辺りを歩き周って1人30個ほどを集めた。

H君はひとつづつ岩の上で貝を叩いて中身を取り出し、それを針に付けた。

「これやったらよく釣れるで」

 と言って帰るため僕らに背を向けて歩き始めたが、

「あ、それからな、その餌でボッコが釣れるけどな、ボッコは自分の縄張りを持ってじっとしていて動かないからな、1匹釣れたら、こっちが移動して違う場所で釣るんやで」

 と言って帰って行った。

 それから、入れ喰い状態になった。体長は20センチほどだが面白いほど釣れた。

 メバルカサゴ、ガシラなども釣れたが三者の区別は分からなかった。僕らはすべてボッコと呼んでいた。他には体長10センチほどのベラが一番釣れやすかった。このベラはめずらしく方言ではなかった。

 

 中学校の裏山に設置してあるサイレンが鳴った、12時だ。

「昼ごはんにしようか」

 負い籠を背負い、10メートルほど先の日陰まで移動して高い岩の上に腰を下ろした。ここからは水平線がよく見える。

 大きなオニギリにかぶりついた。すっぱい中の梅干しに身震いした。

「梅干しの種は水の中へ捨てるなよ海が荒れるからな」

 ここへ来るまでには二か所の危ない所を通っている。一か所目はこの台地に上がる直前で、道がないため膝まで水に浸かりながら10メートルほど歩かなければならない。もう一か所は僕らが載っている台地の割れ目があって、そこには1本の角材が渡してあるものの、僕らにとっては角材の上を体のバランスをとりながら3歩ほど歩かねばならない。凪の日はいいが時化ると割れ目の下から波が吹き上げてくる。その上を歩くのは危ないし恐いからだ。

 今日はよく釣れるので面白い、オニギリを食べ終わると早々に釣り始めた。

 午後3時すぎに通る貨物列車が遠くの鉄橋を渡った。僕らの帰る時間だ。

 海に浸けていた網を引き揚げてみると、30匹いた。他の皆も同じぐらいだ。

「家の者もびっくりするで」

 僕らは意気揚々と帰路に着いた。

 

 これからは、余談である。

 僕が30代のとき、女房と2人で和歌山と大阪の県境にある大川峠の海辺へ飯盒炊さんに行った。

 ガシラがよく釣れた。釣った魚を僕がその場で捌いた。魚の内臓を海水で洗い捨てるからザリガニが群がっている。それを捕まえて餌にした。

 女房がご飯を炊き、ガシラの煮つけを作った。白身の魚でなんとも美味しい魚だった。

 女房も慶び楽しく動いていた。

 近くで中学生くらいの女の子を連れたお父さんがガシラを釣っていた。しばらくすると、

「餌が少なくなったから」

 と言って餌箱こと持って岩場へ移動した。

 女の子も一生懸命釣っていたのに餌を父親に取られてしまった。

「ちょっとおいで」

 僕が女の子に、そこら中にいるザリガニを捕まえて貝を叩き潰して中身を針に付けた。

「これで釣ったらよく釣れるよ」

 女の子が竿を海へ落とすと、たちまちガシラが食いついた。

 女の子は熱中した。黙々とザリガニを捕まえ、餌にして次々とガシラを釣り上げた。あっという間に20匹を越えている。

 遠くで女の子を見た父親が不審そうな顔していたが、やがて娘のところに寄って来て、

「何で釣っているんや」

 と言いながら釣り上げた数を見てびっくりしていた。父親は数匹しか釣っていない。

 女の子は、もう父親が寄って来たのも分からないほど熱中して黙々と釣っていた。

 ついに父親も娘のまねをしてザリガニを餌に釣り始めた。

 

 ガシラ

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カワハギ

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ベラ

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弁当

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