温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

小学校入学式

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               (絵は母校ではありません)

 昭和25年4月1日、小学校に入学した。

 母に連れられて生徒用玄関で僕の下足箱を探すと、すぐ見つかった。生年月日順になっているらしく5月生まれの僕は教室に近く上から2番目だった。下駄箱の前に敷かれているスノコ板の上で持参した上履きの草履と履き替えた。

「明日からは1人でするんやで、分かるな」

 母が小さな声で言い、僕はうなずいた。

 教室入り口横の壁に張り出してある机の配置図から僕の机を確認して中へ入った。母親と一緒に来た新入生が自分の机を探している。僕の席は1番前の窓側から2列目にあった。

 2人用の机に男児と女児が並んで座った。

 当時、小学校の制服はなかったが男児、女児ともに学生服だった。

 入学式に出席する母親は色無地の着物に黒の羽織が正装だった。

 新入生が席につくと母親たちは先生に促されて入学式のある講堂へ移動した。

 担任の女(おなご)先生ともう1人の女先生が机の順に僕らを1列に並ばせた。男女別、青年月日順である。

 新入生は25名で1クラスだった。

 2人の先生に先導されて入学式のある講堂へ入場した、シーンとしていた。

 講堂の一段高い舞台後部壁に大きな国旗が掲げられて、舞台の下左手に大きな松の盆栽が台に飾られている。

 男児が前側のイスに横一列で座り女児はその後ろに座った。その後ろに母親らが座っている。

 シーンとしているなか、「ただいまより昭和25年度入学式を挙行いたします」と男先生の大きく良くとおる声が響いた。

 全員起立して君が代の斉唱があったが、このとき新入生はまだ歌えない、聞いているだけだった。舞台の横にあるピアノが講堂に大きく響いた。

 新入生氏名点呼が始まった。教室にいるとき「名前を呼ばれたら大きな声で『はい』と言うのですよ」と担任の女先生から教えられているから、自分の番のとき「はい」と大きな声で応えた。

「今朝、自分ひとりで服を着替えた人はいるかな」

 壇上に上がった校長の挨拶だ。

「はい」「はい」と大きな返事が我先にと出ている、僕も負けじと手をあげた。祖母が着せてくれていたが、そんなことお構いなしだ。