温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

洞窟

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 これは人間の数よりキツネやタヌキなど獣が圧倒的に多い山奥の集落から、さらに山に入った森の中に、鴨長明方丈記に出てくる庵のような家で独り暮らしている風流兄さんの話である。

 天気のいい日は本業の左官や土木などの日雇い仕事以外に、畑や田んぼの野良仕事、植林した山の下草狩りや枝払いなどすることはいっぱいあった。日暮れとともに寝て夜が明けると起床するのが当時の人たちの生活であったから退屈する暇はなかった。

ところが雨の日などは何もすることがない。本は読まないから晴耕雨読にはならない。

 退屈すると家から30分ほどのところにある中国地方で一番大きな江川の河原で,拾ってきた流木の根を磨いて飾り物を創ったり、雨具を着こんで魚釣りに出かけていた。

 あるとき雨の止み間に、生い茂ってうっとうしくなった裏山の草木を刈り払ったら、岩盤露出した洞窟があるのを見つけた、家のすぐ後ろだ。

 どのぐらい奥まであるのだろうと竹竿を穴に突っ込んだら、突然うさぎが飛び出してきた。ねぐらにしていたようだ。

 このとき、「この中に家と廊下でつないだ寝室を造れば、1年中15度ほどの一定温度で冷暖房無しの快適な寝室になるだろう」と考えた。真夏の暑い日に隧道を通れば涼しくて気持いいことから常々思っていたことだ。

雨の日に少しずつ作業すればいい。

 思いついたらすぐ実行するのが兄さんの性格だった。

 だが、洞窟内に潜り込むには入口が小さすぎた。

町へ出て買ってきた削岩機で洞窟の入り口を広げて中に入った。長さは5メートルほどもあり、その先にも隙間はありそうだが、5メートルあれば十分だ。

うさぎがねぐらにしていたぐらいだからヘビやネズミなどの小動物がいる可能性がある。よもぎを大量に刈ってきて洞内で火を点けた。洞内に煙が充満したのを確認すると、さらによもぎを足し入口にムシロを吊って煙が外に出ないようにした。よもぎはいっきに燃えることなく大量の煙を出しながら2日間にわたって燻り続けた。

洞内に入ると、まず最初に一番奥の隙間にローソクの火をかざして空気は流れていないのを確認した。外とつながっていないようだ。本当のところは少しぐらいの空気は通っているほうが換気になっていい、残念だがしかたない。

 これ以上奥に行けないのでは利用価値がない。ヘビでも潜り込んだら困るのでセメントで穴をふさいだ。

 地面は幸い土だった。完璧を喫してDDTという殺虫剤を土が白くなるぐらい噴霧した。

 全体に三角柱を横にしたような形であるが天井が低かった、腰をかがめて歩かなければならないほどで地面の横幅は一尋ほどあった。

 ちょっとした地震で崩れでもしたら大変だ、どういう成り立ちで洞窟ができたのか考えてみた。

 鍾乳洞でないことは石の質で分かった。

 おそらく大昔の火山活動により流れ出た大石二つが重なり合って、ここに落ち着いたものと思われた。その隙間が洞窟になっている、これなら崩れることはない。

削岩機で洞内を少しずつ拡げていった。横幅を広げ、天井を立って歩けるほどに高く平面にした。

 ひととおり出来上がったところで地面に床を張って、ふとんを持ち込んだ。

数日間洞窟の中で寝ていた。

「寝ていると外の音がよく聞こえる、洞窟の入口に戸がないから反響するんかな、ガサガサ、ゴソゴソとキツネかタヌキが歩きよる。それがときどき洞窟の前で止まっていることがある、中の様子を窺っているんだな。やがてまたガサガサゴソゴソといなくなる。あとは風の音だけだな」

 そんな日が続いていたとき、ふと、ふとんが重くなっていることに気づいた、水分を吸ったようだ。よく見ると天井から水が滲みでていた。二つの石が接触しているところかららしい。

 これではだめだと板で屋根を付けたが何しろ低い天井に付けたものだから寝具に入るのに腰をかがめなければならない。

 まるで棺桶のようだと気づいて寝るのをやめた。

 せっかく造った洞窟だ、床の上に収穫した玄米の俵を置き、地面には野菜類を置いておくといつまでも新鮮さを保っていることに気づいた。冬は日常使う野菜類を毎日山の上の畑へ収穫に行くことは不可能だから4,5日分を採って洞窟に入れて置いた。

 ネズミなどの小動物が入りこまないよう入口に厳重な戸を取り付けて、今ではりっぱな保管庫になっている。

「高価な削岩機を買って物置を造った」

 母親である伯母は笑っているらしいが、

「そのうち足場を組んで洞窟を大きく広げるさ、この家がはまるぐらい大きくしたら立派な寝室になるさ」

 兄さんは夢を捨ててはいなかった。

 

 これは、昭和35年の秋祭りのとき泊まりに来た兄さんが話してくれたものである。