温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

わが家の井戸と流し台

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 井戸

 深さの計測をしたことはないので目測になるが7、8メートル、さらに水深は2メートルほどもあった。

 昭和13年の大干ばつのとき、飲み水にも困って掘った井戸だったが幸いにも山からの地下水脈に当たったため清水がドクドクと湧き出ていた。

 一年中水温は変わらず、夏はガラスコップに入れると外側に水滴が付くほど冷たく、飲み水はもちろん生活用水にも使用し、スイカやトマトなどを籠にいれて冷やした。

 冬のどんな寒い朝でも水が冷たいと感じたことはなかった。

 夏、喉が渇いたとき、くみ上げた水を釣瓶に口を付けて腹いっぱい飲む、至福のひとときだ。

 

 流し台とはんど

 下の道から屋敷への石段を上りきった右手に石造りの流しと、その横に水ガメのはんどがあった。

 屋内には流し台も料理台も無かったので、ほとんどが外にあるこの流しで料理の準備を済ませた。

「ひゃー」

 あるとき流しで魚を料理している母が叫んだ。

 後方から急降下したトビが魚を掴んで飛び上がるときであった。音をださずに突っ込んできて魚を掴み飛び立つときに気が付いてもすでに盗られたあとだ。

  

 納屋の横にある柿木は西条柿(渋柿)であるため、吊るし柿にしたり、合わせ柿にして渋を抜いて食べた。柿を採るために長い竹竿を使っていたが木が大きいため、根元から2メートルほど上の二股まで上って採った。それでも頂き部分までは竹竿が届かないが、柿の木は脆く折れやすいので、これ以上上ることをせず、竿のとどく範囲で済ました。

 

  さて、柿の実が熟れるのは10月下旬から11月中旬までであるが、みかんは年末になってからだ。
 絵は見栄を張って両方が熟れているように描いたが実際にはこのようなことはない。