温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

海底を歩く

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「海へ行こうか」

 昼ご飯を食べたばかりのとき、めずらしく次兄が誘ってくれた。

「今からか」

 歩いて40分ほどかかる海へ泳ぎに行こうというのだ、僕には考えられないことだった。

「どうってことないよ」

4歳年上の次兄は僕と遊ぶことはほとんどない。黙って外出して、ごはん時には平然と帰っていたが海へ泳ぎに行っていたことなど当たり前のようにあったらしい。

2人は見つからないよう三角ヘコをポケットに忍ばせて出発した。

 次兄は福光海水浴場を横に見て通り過ぎ、小さな集落二つを越えた三つ目の集落に着いた。そこは小さな漁村で、民家は1軒か2軒しかなかった。湊には漁に使っているポンポン船が1隻舫ってあった。

 次兄は僕を浜に残して集落へ入るとやがて同級生らしい男を連れて来た。

「あの船の底を泳いで潜ろうか」

 船は彼の家のポンポン船だった。僕に彼の背中をしっかり持たせて水に潜った。彼は平泳ぎでぐんぐん潜り進んだがツルツル滑る裸の体から僕は離れまいと一生懸命持っているだけで、たちまち船底を通過して浮き上がった。

 大きな自然石を積み上げて造った防波堤に僕を連れて行き、船から取り出した箱メガネを僕に渡した。箱メガネは舟の上からサザエ等を採るとき海底を見る道具だ。

「俺が向こうから海底を歩いてくるから、これで見てろや」と言い残して20メートルほど先の対岸になる島に泳いで渡った。

 箱メガネで見る海底は5メートルほども深さが有った。林立した長い昆布が波にゆらゆらと揺れ、その中を小さな魚が泳いでいる。すばらしくきれいだった。

 どうやって、どこから来るのか、さっぱり分からないまま海底を見ていると、林立するコンブの間から、小さな彼が海草を掻き分けるように出てきた。漬物石のような石を胸に抱いて、しっかりと歩いていた。確かに足が海底に付いている。

それが気味悪いぐらい小さく見えた、得体のしれない海の生きもののようだった。思わず絶叫をあげるところだった。

こちらまであと少しのところで、呼吸が続かなくなった彼は石を捨て浮かび上がった。

「どうだ見たか」

「うん、見た」

「どうだ」

「すごい、でも小さかった」

「ああ、これのせいだな、これは水中の真下を覗くもんやから、遠くを見るとなぜか小さく見えるんだ」

 兄の同級生は箱メガネを船に戻しながら言った。

 海岸で大きめの石を拾って僕も水中に入った。泳ぎは苦手でも海底を歩くのは可能だと思った。重かった石が海中ではびっくりするほど軽くなった。

でも、足が地に着かなかった。何回やっても体のバランスを崩して水中に倒れるだけだった。

 僕を見ていた兄の同級生が笑い出した。

「そんなことではだめだ、立ち泳ぎしながら徐々に沈んでいくんだ」

 と、教えてくれたが泳ぎの苦手な僕には無理だった。