温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

初めてのお使い

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 朝は晴れていたのに午後になって降り出した雨は勢いよく降っている。

「兄ちゃんに傘を持って行って」

 仕事をしていた母が納屋からでてきた。

 小学校へ行っている長兄と次兄へ傘を届けるのだ。

 母は、2人の兄が着古したオーバーコートを僕に着せた。身丈は足元まであった。両腕を出すため袖口を大きく折った。

 5歳の僕が2本の番傘を手に持って自分の傘をさすのは難しい。母は2本の番傘をひもで括って僕の背に斜めに結んだ。背の低い次兄がチャンバラするときに、木の枝で作った刀を背居って「佐々木小次郎だ」と言っていたのを思い出して気に入った。

 道中で落ちないよう、背にしっかりとたすき掛けに結んでくれたので、重くとも動きに不自由はない、だが、自分ではほどけない。

 僕の傘は小学校へ入学したら買ってくれるが今はない。大きな番傘をさして、意気揚々と家をでた。学校までは僕の足で30分かかる。それでも田舎の大道だから迷うことはないし寂しくもない。

 学校に着いた。

 ちょうど休憩時間らしく構内はざわついていた。

「お兄ちゃん」

 教室から体育館へ通じる廊下の窓に向かって、できるだけ大きな声で呼んだ。

「学校へ着いたら下駄箱のあるところへ入って、誰でもいいから兄ちゃんを呼んでもらうんだよ」

 母が何回も言っていたことを忘れ、窓の外に立って呼んでいた。

 校内からなんの反応もなかった。もういちど大きな声で呼んだが反応がない。

 3回目を呼び終わったとき、窓を開けて上級生らしいお姉さんが顔をだした。

「誰を呼ぶの」

 お姉さんが聴いてくれた。長兄の名を言った。

「ちょっと待ってね」

 お姉さんが顔をひっこめた。ほどなく長兄が出てきた。

「お、かっこいいな」

 僕の小次郎スタイルを長兄がほめてくれたので嬉しくなった。さきほどのお姉さんをさがしたが、お姉さんは来なかった。

 僕を生徒用の玄関へ連れて入りひもを解いて傘を取ると体が軽くなった。

 そのとき、次兄が数人の仲間と一緒に走ってきた。

「お、傘か」

 毎日僕と取っ組み合いの喧嘩ばかりしている次兄がいやに優しい顔で近寄って「傘なんかいらんけどな」と言いながら嬉しそうに長兄から受け取った。

「よし、終わった」

 誇らしい気分で学校をでた。

 カンカンカンと鳴る始業の鐘を背に聞いた。

 大道を歩いて中ほども帰って来たとき、対向してきたお姉さんが「どこへ行ったの」と言いながら近寄って来た。初めて出会った村の人だ、僕の知らない人だった。赤色のきれいな和傘をさしていた、ずいぶん軽そうな傘だった。

「兄ちゃんに傘を持って行った」

 僕は誇らしい気持ちのまま元気に言った。

「そう、賢いね」

 お姉さんは僕の前で腰をかがめて傘を広げたまま地に置いた。そして外れている僕のオーバーコートの一番上のボタンをはめてくれた。

 ふと、お姉さんの良い匂いが漂った。この香りは僕の脳裏にしっかりと残ったが、香水だと知ったのは数年後のことだ。わが家には無い香だった。

「気をつけてね」

 お姉さんは優しく僕の肩をポンとたたいた。

 ものすごくうれしくなった。

「早かったの、ちゃんとお兄ちゃんに渡したか」

 家へ帰ると母は機嫌よく僕を迎えた。

「うん、渡したよ」 

 僕の初めてのお使いは終った。