温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

2016-09-18から1日間の記事一覧

村民大運動会

家族皆が寝る態勢になって寝具の中にいる。「明日晴れるかな」 僕がつぶやいた。明日は村民大運動会だ、なんとしても晴れてほしい。「心配ない、晴れるよ。背戸でフクロウがノリツケホーソと鳴いている。『糊を付けて干そう』と言っているのだ」いびきをかい…

さんべ高原

甘粥

同級生のお父さんが警察に捕まったという噂が流れた。「納屋でドブロクを造っていたのがばれた」 ということらしい。 納屋の奥にドブロクを入れた甕(かめ)を隠していたが、醗酵の匂いを駐在所の巡査さんに嗅ぎつ付けられたのだ。「屋内に隠すから見つかるん…

正月

正月の準備は障子の張り替えから始まる。 12月29日、大川に運んだ16枚の障子を水に浸して糊が溶けたところで竹の棒に障子紙を巻き取った。この剥ぎ取った紙は乾燥させて便所に立てかけておき、トイレットペーパーとして使用していた。普段使用している…

大寒

吹きすさぶ木枯らしに乗ってチリンチリンと鈴の音が近づいている。 村にあるお寺のお坊さんが寒行を始めたのだ。早朝暗いうちに村中の家を回ってお祈りをしてくれる行だった。「今何時」 祖母に聞いた。「3時過ぎだ」 外は真っ暗だ、夜明けはまだまだ先だ。…

里の秋

静かな静かな里の秋 お背戸に木の実の落ちる夜は ああ母さんとただふたり 栗のみ煮てますいろりばた 童謡・里の秋

裏山

小学6年を前にした春休み、大阪から伯母が来た。 ぼろぼろになった家屋を見て、「疎開で来ていた頃より、もっとひどくなった」 と言っていた。確かに家はぼろぼろだった。 藁葺(わらぶき)の屋根は必要にせまられて4、5年ごとに葺き替えていたが、外壁は…

朧月夜(おぼろづきよ)

菜の花畑に入日うすれ みわたす山のは かすみ深し 春風そよ吹く空をみれば 夕日かかりて匂い淡し 童謡・朧月夜 6年になって新学期初めての音楽の授業だった。「今、菜の花が満開だね、これにしょうか」 やや緊張ぎみの女先生(おなごせんせい)が音楽の教科…

新聞配達

小学6年から中学3年まで新聞配達をしていた。 配達は1時間かかったが、田舎のことであり全部で24軒しか購読部数がなく、1か月のアルバイト料は500円にしかならなかった。そのころの日雇い仕事にでる女性の日給が260円だったから、その2日分でし…

中学校

写真・龍岩、校舎は現・温泉津小学校(撮影・2015年5月) 昭和32年(1957)4月、温泉津町立福波(ふくなみ)中学校に入学した。 金ボタンの学生服に、白い二本線をつけた帽子を被って通学する。 学生服が詰襟(つめえり)になった。急に大人になったよ…

海は広いな大きいな

海は広いな大きいな 月は昇るし日はしずむ 童謡・海は広いな大きいな

海水浴

絵・福光海岸(ヘビ島) 夏休みに入ったというのに、毎日うっとうしい梅雨が続いている。 夕方、西空が明かるくなったから、明日は晴れるぞ。と期待しても翌朝になると雨が降っている。「このまま8月まで梅雨が続くのか」 憂鬱な日が続いた。 梅雨が明けない…

十五夜お月さん

十五夜お月さん ごきげんさん ばあやは おいとまとりました 十五夜お月さん 妹は 田舎へ貰(も)られて ゆきました 十五夜お月さん かかさんに も一度わたしは 逢(あ)いたいな 童謡・十五夜お月さん ぼくが中学生になった年、同じ集落のある家に小学4年の…

アイスキャンデー

「チリンチリン」と鉦(かね)の音が遠くから聞こえてくる。「キャンデー買って来ないか」納屋で莚(むしろ)を織っていた母が、体に付いた藁(わら)くずを払い除けながら出て来た。「よっしゃ」 自転車の荷台にキャンデーの入った箱を積んだおじさんは、家から…

陸蒸気(おかじょうき)

8月16日、江川(ごうがわ)の花火大会がある。江津駅に降りると、すでに駅前は群集で埋まっていた、どこから来たのだろうかと思うほどの人出だ。 国道は花火見物の雑踏で歩くのもままならない、ただ、人の流れに乗って会場になる江川へ向かった。 日暮を待…

僕らの集落は戸数の多くが石材業に関係していたから、7月13日及び8月13日の盆に当たる日は商売が一番忙しい時期だ。したがって、8月31日の夜から9月3日が盆と決められていた。 9月1日と2日の夜に盆踊りがある。新しいユカタと新品の下駄で踊る…

幽霊

温泉津との村境にある峠の随道に幽霊がでた、という噂がたった。 シトシトと鬱陶(うっとう)しい雨の降り続く夜だった。 温泉津で漁師をしている青年がひとりで峠を越えようとしていた。 福光の友人の家でマージャンをして帰りが遅くなり、すでに夜半をすぎよ…

椿油

小学5年のとき、熟れた椿の実を学校へ持っていくと、「これを教室の入り口に塗れば女先生がスッテンコロリンだぜ」 同級生のY君が言った。 椿の実の硬い殻を取り除いて中の柔らかい実を板敷き廊下に擦り込んでおくのだ。「おもしろそうだな、やるか」 仲間…

マツタケ

毎年10月中旬から半月の間、寺の裏山に松茸が生えた。 朝早く、学校へ行くカバンを持って祖母と山に入るのが日課となる。 やっと明るくなってきた村は閑散として人影もない。祖母とぼくは自分たちの足音さえ、はばかるように黙々と歩いた。なにも悪いこと…

ラジオ

母の弟にあたる叔父さんが中古のラジオを持ってきてくれた。戦前の真空管ラジオだ。 ぼくの家の電気は、定量契約で電灯一灯しか許されていなかったからラジオを聞いてはいけない。 だから、夜のみ納戸で音をできるだけ小さくして外に漏れないよう細心の注意…

赤とんぼ

夕焼け小焼けの 赤とんぼ 負われて見たのは いつの日か 童謡・赤とんぼ

予感(2)

祖母と2人で親戚からの帰り道を、駅から歩いて家へ向かっていた。その日は、目の前に突きだした自分の手が見えないほどの闇夜だったから、親戚で借りた提灯を灯していた。 田んぼの、向こうの山裾に点在する民家の灯から、ぼくらの現在地を知ることはできる…

消防団視閲式

「消防団入場」 朝顔のような形をした拡声器から流れる行進曲『軍艦マーチ』にのって、町内各地区の消防分団が入場してきた。分団旗を先頭にゴム長靴の団員が精一杯張りきって歩き、中央の壇上に立つ消防団長(町長)に敬礼して通りすぎて行く。 ぼくの地区…

T先生

中学2年のときだった。「静かにせんか」 突然割れるようなT先生の声が体育館に響き、瞬時にざわめきが止まった。昨日、運動会が終わったばかりで今日の朝礼は生徒の心が浮ついていた。若い女の先生が小さな声で何かを説明していたが、そんな事はそっちのけ…

火事

昭和34年(1959)冬、日もすっかり落ちて、村は静まりかえっていた。 わが家は就寝態勢にはいって、ラジオから流れる浪曲を聞いていた。 突然、兄が起き上がってラジオのスイッチを切った。「やれのーいいところなのに」 祖母がぼやいた。「なにするんだよ」…

ふしぎな体験

11月だった。その日ぼくは近所の友だち5人で隣町の祭りへ行っての帰りだった。 日は暮れていたが月が出ていたので明るかった。灯りを持たないぼくらだったが、なんの不自由なく峠道を歩いていた。 大声で話す雑談が谷間にこだましていた。 ふと、ぼくらと…

空気銃

当時、空気銃は銃刀法の規制から外(はず)れていた。だから、だれでも自由に持ち歩くことができた。 正月で帰省中の次兄が同級生から空気銃を借りてきた。中折式の4・5ミリ銃だということだった。ぼくにも貸してくれた。ずっしりと重い銃を持つと自分が強く…

日露戦争

明治38年に勃発したという日露戦争が話にでることがあった。 日本海海戦では、福光の沖で大砲の音がいんいんと轟(とどろ)き、村の人たちは山に登って水平線に広がる黒い煙を見たという。福光八幡宮の境内には、長さが1メートルほどもある砲弾がひとつころ…

メジロ

家への引き込み電線にハトが二羽止まっていた、ぼくに背を向けている。下にぼくがいることも知らないようであった。 ー よし、獲ったる。 後ろポケットに差し込んでいたパチンコを取り出してハトを狙った。 手ごろな小石を拾って玉にし、パチンコのゴムを思…

バタコー

昭和35年(1960)ごろ、青年の間でバタコーが流行した。 自転車の後輪に小型のツーサイクルエンジンを取り付けたものだった。 普段自分が乗っている自転車にも簡単に取り付けることができた。 「バイスクール」という名で売っていたがバタバタと音をだ…