温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

反抗

 

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「今日はクラシック音楽を聴きます」

 中学3年の3学期で音楽の時間だった。

 先生は壇上の奥にあるテーブルの上から蓄音機を持ち出して蓋を開けた。

 箱の横に付いているハンドルを数回まわしてから、箱の奥から伸びているアームの先に付いている、サウンドボックスと呼ばれる空飛ぶ円盤のようなものに2センチほどもある鉄の針を取り付けた。

竹串の先端のような形の針だった。

「ベートーベンの月光だよ」

 先生は慎重に、回転しているレコード盤の一番端に載せた。

 ザーという雑音のあと音楽が出てきた。

 静かな曲だった。

 目を瞑ってしばらく聞いていると眠くなった。

 ウトウトと聞いていると、後ろの方で男生徒が隣と話し始めた。

「静かになさい」

 陶酔しきったように聞き入っていた先生がたしなめた。蓄音機には増幅器が付いていないので大音量は出せない、聞き手が騒(ざわ)めけば誰もが聴きにくくなる。

「みんなに迷惑でしょ、静かになさい」

 もういちどたしなめた。

 しばらく静かにしていた生徒がまた話し始めた。

「○○君、ここへ来なさい」

 レコード針の付いた円盤を元に戻して先生が立ち上がった。

 ふて腐った態度で、呼ばれた生徒が先生の前に立った。先生は自分より首ひとつ背の高い男生徒の頬を平手で叩いた。バシッと派手な音がした、そのとき先生がドテッと倒れた。叩かれる瞬間生徒が先生に足払いをくわせたのだ。

 みごとに倒れた。

 先生は何も言わずに教室を出て行った。

 次は担任の男先生がやって来ることは明白だった。

「怒られるやろな」

 生徒が先生に暴力をふるったらただでは済まされない、男先生全員がやってきて徹底的に張り倒されるだろう。当時は教師によるどのような制裁を受けても暴力にはならず教育指導であった。

倒した本人は停学か退学になるかもしれない。

 僕らも全員が怒られると覚悟した。

「それにしてもみごとに倒れたな」

 これから起こるであろう恐怖にみえを張って、隣の生徒に小さな声で話し掛けた、返事は返って来なかった。わずかに複雑な笑顔を見せただけだった。

 担任がやって来た。僕らは首をすくめた。

「あのなー」

 意外な言葉が出た。

「あんまり怒らすなよ、先生も短気やからな」 

 担任は怒っておらず、女性教師の弁護をしなかった。先生を倒した生徒を見るでもなく全員に話した。

「授業時間が終わるまで、ここで静かに座っていろよ」

 担任はそれだけ言って出て行った。女先生に言われて仕方なしに来た風であった。

「自分より背の高い儂(わし)を叩くとき右足が浮いたからな、そこを蹴ったらいちころだ」

 先生を倒した生徒が小さな声で言った。してやったりという顔であった。

 彼に同調する者はいなかった。

 誰もが終業のチャイムが鳴るまで、ただ静かに座っていた。

 驚いた。今まで先生に反抗した生徒なんていちども見たことがない。

 もうすぐ卒業だということが男生徒の気を大きくし、担任も怒る気にならなかったのかもしれない。