温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

クヌギ

 

 わが家の裏山は雑木林だったがクヌギの大木が多かった。

 クヌギのことをマキの木と呼んでいた、といっても高野マキなどの槇ではなく、風呂焚きや台所で使う薪のことで、燃料として使うと火力が強くて、他の雑木より格段の良さがあった。

 クヌギは木炭の材料でもあった。

 ただし、裏山の木は自然災害を防ぐ目的を持っているため伐採することはせず、燃料は村境近くにあるわが家の山から切り出していた。

 

 ある年、業者が裏山にあるクヌギの木の表皮を買いに来た。表皮だけを剥ぎ取って幹には傷つけないということなので売ることにした。

業者の人は5人ほどで山に入って、慣れた手つきで皮を剥いでいった。

「何にするのか」と聞いたら、「コルクの材料だ」と言った。

 

 小学校の各教室にあったストーブはクヌギの割り木を燃やしていた。

 

 6年のとき、隣村の人が裏山の木を「タキギにしたい」と買いに来た。

 25000円だというので祖母と母は売ることにした。当時、女性の日雇い仕事で10日分だった。

「薪に必要な木だけを切るだろう」と思っていたが、その人たちは1400坪ほどもある裏山を丸裸にしてしまった。

  これには祖母と母は驚いていた。

「そんな値段なら、うちでも欲しいよ、割り木にして売れば大儲けできたのに」

 同じ集落の人に言われて「しまった」と気づいたが後の祭りだった。雑木の値段で売ってしまったのだ。

 あれから60年、裏山はクヌギ生い茂る元の山に還っている。