温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

ボベイとジージー

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                          サザエ(左がトゲのないもので僕らはトコナツと呼んでいた)

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「明日海へ行ってボベイの炊き飯を作ろうか」

7月も終わりに近いころ、晩御飯を食べているとき、めずらしく母が言った。

「行こう」

 誰も反対する者はいない。

 ボベイとはカサガイの一種、マツバ貝で大きさは1~2センチぐらいしかない小さな貝であるが炊き込みご飯にするとだしが良く出て美味い。ジージーも磯にいる小さな貝でイシダタミ貝だ。
 ボベイとジージー、この呼び方はおそらくわが家だけのものだっただろう、いずれも店にでることもなく売買のない貝だった。

 僕の家では炊き込みご飯を炊き飯と呼んで、兄弟3人の誕生日に作っていた。

 翌朝、母は海へ持参する米や道具を縁側に並べていた。

 米1升、醤油差しの瓶に入った醤油、笹切りにしたにんじん、ゴボウ、コオコ(たくあん)、1升炊きの羽釜、マッチ、茶碗人数分、1升瓶に入れた水。

「これでいいかな」

 母と長兄が最終チェックしてから3個の背負い籠に分散しながら入れて行った。

 母と長兄、次兄が背負い籠を負い、僕は1升瓶に入れた水を両手で持って出発した。次兄は3本刃のヤスを持っている、ゴムで射出するヤスだ。

 祖母は留守番だ。

 40分歩いて、いつも泳ぎに来る海岸の岩場に着いた。

 駅近くの海水浴場では数人が泳いでいたが、遠浅の浜なので僕らには面白くない、岩場で貝を取るのが僕らの海水浴だ。さらに10分ほど歩いて岩場にやってきたのだ。

 そこは小さな湾の奥に狭い浜がある。数軒しかない漁港だが、湾の入り口は大きな岩を積み重ねた防波堤が波を消している。舟の航路以外は浅い岩場が広がり、泳ぎの下手な僕らにとっては格好の遊び場だ。

 さっそく、長兄と僕は波打ち際の岩場に張りついている(密着)ボベイをマイナスドライバーで起こし採った。

泳ぎの得意な次兄は水中メガネをつけて海へ入った。

 母は、石を並べて造ったカマドで拾い集めた木を燃やして、羽釜で海水を沸かしている。

「これぐらいでいいかな」

 長兄が集めたボベイを母に見せた。

「それぐらいでいいな」

 長兄から受け取ったボベイを羽釜の中に放り込んだ。しばらくして貝と身が離れたことを確認した母が竹のザルに移して貝がらを捨て、身だけを残した。

 海水で洗ったコメとニンジンやササガキゴボウなどの具を羽釜に入れて真水を定量まで入れた。

「できたで」

 母が大きな声で僕らを呼んだ。

 次兄が寒さで紫色になった唇をガチガチと震わせながら上がってきた。腰に付けた網袋が大きく膨らんでいる。

「なにを獲った」

 受けとった袋が意外に重い。

「見てみろ」

 次兄は得意満面だ。

「うわ、タコだ」

「岩の陰でこっちを睨んでいたからヤスで突いたった」

 タコの頭は裏返しになっていた、こうするとおとなしくなる。

「ほい‼」

 と、トコブシを取り出した、トコナツもある。サザエでトゲのないものをトコナツと言っていたが、この地方の方言で一般的にはトゲはなくてもサザエである。

売買取引のない魚介類については地方独特の呼び名があった。

僕の地域では、グレのことをクロヤイ、チヌをチン鯛、ガシラはボッコと言っていた。トビウオをアゴと呼んでいるが、これは方言の域を脱しつつある。

「これはバアサン(祖母)の分だ」

 次兄が大きなサザエ2個を編み袋に戻して海水に浸けた。

 僕とは4歳年長で村でも評判のワンパク少年だったが心は僕や長兄とは遥かに優しかった。

「メシはちょっと待て」

 母が立ち上がって鍋に入れた海水を煮たてた。

 グラグラ煮えたぎっている鍋の中にタコを生きたまま入れた。瞬間、タコの足はすべて上にまくれ上がり赤くなった。

 鍋から上げたタコを母がブツ切りにした。

 ボベイ飯にゆでたタコに醤油を付けて食べ、タクアンをかじる。

 美味かった、来年も来たいと思った。

 腹いっぱいになった僕らは岩場の浅瀬に入ってジージー獲りだ。母もシュミーズ姿になって海に浸かっている。

 僕は海中の岩の上に立って呼吸すると、水中メガネで岩の隙間をさがしながら泳いで貝を獲っていった。苦しくなるとまた岩の上に立って呼吸する、この繰り返しだ。

 海中に顔を沈めるとメガネの中に水が入ってきた、僕が持っているのは目と鼻を覆う一体型で楕円形のメガネだが、横幅が狭い僕の顔に合う水中メガネはない。面倒だが呼吸で立ったときにメガネの中の水も外に出さなければならなかった。水中では耳に侵入した水を抜くため鼻をつまんで空気を耳から外にだす必要があるが、僕はこれができない、ツバ(唾液)で耳をふさいでも水が侵入した。

 広い岩場にあがって日射で熱くなった小石を耳に当て下に向けて飛び跳ねると、なま温かい水が流れ出た。

 その夜、次兄が七輪に火を熾してサザエ2個を生きたまま載せた。ブクブクと泡を出していたサザエの蓋の上に醤油を差し砂糖を少量入れた。

パクッと蓋が開いた。

「ほい、できたで」

 次兄が照れ隠しに乱暴な言い方で祖母に箸を渡した。

 祖母がうれしそうに2個をペロリと食べた。

 母がゆでたジージーを籠に入れて縁側に持って来た。祖母も加わって、針でジージーを貝から引っ張りだして食べた。磯の香と独特の味が口いっぱいに広がった。

「ヤドカリがいたで」

 針に突き刺したヤドカリを口に入れた。

「美味いな」

 皆が黙々と食べている。