温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

カバン

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ランドセル

 秋祭りで帰省していた3人の叔母さんが、来年4月、小学校へ入学する僕にランドセルを買ってくれることになった。

 僕は叔母さんらに連れられて隣町の文房具店へ行った。

 店のおばさんが出してきた2個のランドセルを前にして「どれがいいか」と叔母さんは僕に選ばせてくれた。

「これがいい」

 僕は即座に決めた。ところがそのランドセルは厚紙を何枚も張り合わせてその上から塗装したものだった。見た目は革のランドセルと見分けがつかない。

 戦時中、革は軍需製品に優先され民需用は制限されていたのである。僕の小学校入学は昭和26年だったが依然として革製品は不足していた。

 叔母さんらは、横にあった豚革のランドセルを買うつもりのようであった。

「これにしなさい、こっちの方が値段が高いし豚革だから長持ちする」

 叔母さんらは一生懸命僕の気持ちを変えようとしたが、僕は頑として聞かなかった。なぜなら、僕が欲しいと言っているランドセルには野球少年の絵が描いてある。

豚革のは明るい茶色一色で絵がない。

「本人が欲しいと言うのを買ってあげたら」

 店のおばさんのとりなしで「こんなことなら連れてくるんじゃなかった」とぼやきながら叔母さんらは金を払った。

 入学するとランドセルに絵の描いてある生徒がほとんどだったが、1人だけY君は豚革のランドセルを持っていた。

 僕のランドセルは2年生になると塗装にひびが入り、剥離していった。3年のときには使えなくなった。仕方ないので長兄が使っていた古い肩掛けカバンをもらった。これは分厚い帆布で作ってあるから頑丈だ。

 6年になったころにはほとんどのランドセルはつぶれていた。豚革のランドセルは依然として形を保ち体格のいいY君の背中に不釣り合いなほど小さくなっていた。

 中学へは帆布製の白い肩掛けカバンで3年間を通した。

 

  学生カバン

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 高校生はほとんどの生徒が合成繊維織物でできた学生カバンであった。内部は2部屋に区分されて使いやすいカバンだった。僕の気に入ったカバンであった。

 対候性もよく3年間持ちこたえた。

 このころになると黒い牛革のカバンを持つ生徒もいた。