温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

遊び・ビー玉

「ビー玉」のことを僕らは「ラムネ」と言った。元来、清涼飲料水ラムネの栓として作られたもののB級品で栓に使えないものだから「ラムネ」と言うのが正しいと思っていた。

 ビー玉は祭りの日の出店で買った。

  少年らはビー玉でよく遊んだ。

 庭の土面に直径5センチほどで深さは3センチぐらいの穴(一の穴)を掘って、5メートル手前から指で弾き転がして穴に入れた。

 指で弾くと右に逸れたり左に逸れたり短かったりとなかなか難しい。

 一の穴に入ると右手2メートルの二の穴に入れ、そこから一の穴を狙って戻し、今度は左手2メートル先の三の穴に入れる。また一の穴へ戻し、最後に6、7メートル先の天の穴に入れて上がりだ。

 これで勝てば一位になった者は他の者から1個ずつビー玉を取り上げた。

 

 10メートル先に目印の棒を立て、僕らは立ったままビー玉を放ち、棒に一番近いところに寄せたものが勝ちで他者のビー玉を取り上げた。

 単純な遊びだったが取り上げたものは自分の物になるから真剣だ。

 ある日の夕方、遊びから帰った次兄が新しいきれいなビー玉を両手いっぱいになるほど持ち帰った。

「どうだ、こんなに取り上げたんやで」

 得意満面で自慢した。

 外はもう日暮れに近かくなったころ、僕の家へ上がる石段の中ほどで小学三年のK君が立っていた。不審に思った母が「なにか用事か」と聞いたがもじもじしていて何も言わない。

「どうしたのかな」

 と僕ら兄弟に聞いた、そのとき次兄が握りこぶしぐらいの袋を持って外に出た。中にはビー玉が入っている。

「あんな子から取り上げたのか」

 僕らは唖然とした。

 中学生の次兄が小学生と競技してビー玉を取り上げたのだ。

 K君は母親から「返してもらいなさい」と怒られたようだ。

 次兄は手ぶらで戻った、すべて返したのだ。

「勝負は厳しんやで」

 唖然としている僕らに次兄は照れ隠しの言葉を放った。 

 

 負けて取られたら無くなってしまうから僕は勝負はしなかった。それでなくても手元には5、6個しか持っていないのだ。僕と常に遊んでいる友だちもそんな程度だった。

勝った者は最後にそれぞれに返した。