温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

桐と松

 盆の数日前、祖母が隣町から兄弟3人分の下駄を買ってきた。

 盆踊りに履く歯の短い下駄である。さっそく履いてみようと玄関に持っていくと、

「だめだ、新しい物は夜におろすものではない」

 迷信を信じる祖母に止められた。しかたない、明日の朝にするかと座敷の隅に3人分を並べて置いた。

「あれ、この下駄軽いな」

 長兄の下駄を持った僕が驚いた、長兄のは桐の下駄だったのだ。

 次兄と僕のは松材で作ったもので、ドッシリと重い。

「松の方が強い、お前らは乱暴に履くから松の方がいい」

 祖母が言った。

 長兄の分だけ値段の高い桐の下駄を買い、次兄と僕のは安価な松材だったのだ。今までずっとそうしてきたらしい。

 祖母はちょっとだけ気まずい顔をしたが僕はそれでもいいと思った、新しい下駄で盆踊りに行けるのだ。

 

 当時、雨の日にはゴム長靴を履いていたが、それ以外はゴム草履や下駄を使っていた。

 小学校でも上級生になると下駄で通学し、校舎の玄関でわら草履(ぞうり)の上履きに履き替え下駄は下足箱に入れて置いた。

 校庭で遊ぶときや体操も裸足だったから通学に下駄を履いても不自由はない。

 冬の雨や雪の日以外は黒足袋で下駄を履いた。

 正月にも新しい下駄を買ってくれることもあった。この下駄は足の指を寒さから守るためのカバーが付いていた。

 中学生になると上履きはズック靴に替わったが、男生徒は下駄で通学する者も多かった。

 僕も高下駄を履いて通学していた。高下駄になると台は桐材で歯は版画などに使う朴(ほうの)木(き)だった。またこの歯は摩耗するので下駄屋へ持っていくと安い値段で新しいのと交換してくれた。

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