温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

 製糖工場

 高校2年の春、国鉄の汽車で通学していた。

 学校があるのは僕の家の最寄り駅から三つ目の駅だったが、その一つ手前の駅裏手で造成工事が始まった。

 大きな工場が建つらしく、既存の町営住宅を別の場所に移し、さらに周辺の松林も切り開いて平地に造成した。

 この町営住宅に住んでいた同級生が「松などの材木からショ糖を造る工場だ」と言った。

 僕が通っているのは工業高校の工業化学科である。木材はブドウ糖グルコース)が直線状に結合したセルロースからできていることは知っていたから、面白いと思った。

工場の完成は僕らが卒業する頃だ。

―ひょっとして、多くの社員を募集するかもしれない、特に工業化学科卒業生は優遇されるだろう。

 大いに期待した。

 ところが造成が終ったところで工事が止まった。

―どうしたのか。

 僕の期待を裏切る様に工事は止まったままである。

 造成地には草木が生い茂った。

ーどうなったんや。

 3年のとき同級生に聞いた。

「安価な砂糖が大量に輸入されるようになったので、工場を造っても採算に合わないらしい」

 同級生は言った。

―そんなこと、計画段階で分かっていたことだろう。

 僕はひどくガッカリした。