温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

兄弟おじさん

 小6から新聞配達をしたアルバイト先は40代と30代のおじさん2人で地域の中継配送を受け持っていた。おじさんたちは午前3時に出発して30キロほど離れた町まで当日の朝刊を受け取りに行き、受け持ち地区内に配送していた。

 そのために自動車やオートバイが必要である。当時は、やっと庶民の乗る国産乗用車が出てきたばかりで、僕が初めて見たのは大型オートバイを三輪にしたようなオート三輪であった。

 運転者はオートバイと同じようにイスを跨いで座り、オートバイと同じ横棒式のハンドルで運転していた。運転席にドアはなかったので雨や雪の日には旧陸軍のゴム合羽を着ていた、兄さんは帝国陸軍の軍曹だったのだ。

 僕の家では、女性の日雇い仕事の2日分しかない僕のアルバイト料も家計に組み込まれるほど貧乏をしていたので、当時は村に数台しか自動車のない時代に次々と新車を手に入れる兄弟おじさんには驚きだった。

  僕がアルバイトをしていた3年の間に、国産第一号のスクーター「ラビット」、大型バイク、現在のような丸いハンドルでドア付のオート三輪と次々に替わっていった。

 バイクは映画で視るドイツ軍のバイクのように大型で、エンジンから後輪への伝動はチェーンではなく太いシャフトであった。

f:id:hidechan3659:20170919141930j:plain

f:id:hidechan3659:20170919142024j:plain

f:id:hidechan3659:20170919142132j:plain

f:id:hidechan3659:20170919142221j:plain

f:id:hidechan3659:20170919142426j:plain