温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

青酸カリ

 もう50数年前の話になる。

 当時僕は工業高校の工業化学科3年だった。

 ある日、担任が神妙な面持ちで教室に入ると「皆、よく聞いてほしい」

 いつもニコニコして愛想のいい先生だから皆が親しみを持っている担任だった。こんな神妙な顔を見るのは初めてだった。

「皆、心して聞いてほしい、昨日放課後に実験室の試薬を調べたら青酸カリが1瓶紛失していた」

 化学実験室は別棟の一戸建てになっている。実験の無いときには部屋へ立ち入ることはできないし、青酸カリのような劇薬の保管棚には鍵もかかっている。

実験で必要なときには生徒誰でも自由に持ち出して使うことができた。

「あるいは収納するのを忘れたのかもしれないと思い、教室の隅々まで探したがなかった。君たちには悪いが個人の器具収納箱も調べさせてもらった」

 生徒も自分の使用するビーカーやフラスコ、試験管などを保管しておく木箱を持っているが、個人それぞれが鍵をかけている。スペアキー1個は先生に渡してあるからこれを使って開けたのだろう。

― それにしても大げさな。どうせ誰かのいたずらだろう。

 このとき僕は事の重大さに気づかなかった。

「この中の誰かが、いたずらで持ちだしたのだろう。だが、青酸カリはものすごい毒薬だ。あれを1本、市の貯水池にでも放り込んだら3万人の市民が死んでしまう」

― ヘエーそんなに強いんか。

 僕には先生の切羽詰まった心情が分からなかった。

「どうか、元の場所に戻してくれ部屋も保管棚も鍵は開けたままにしておく、誰がしたのかは一切問わない」

 担任の態度が大げさにしか見えなかった。

 翌日、青酸カリは元の場所に戻っていた。

 担任は親しみのある笑顔を取り戻していた。

「あのなー、あんまり驚かすなよ」

 担任は一言だけ言って一件落着となった。

 

 数十年後、どこかの学校で青酸ナトリウムが紛失し、持ち出した生徒が逮捕されたというニュースを視た。

 

 僕の学校の担任がとった処理方法は良かったのか、あの時、直ちに警察に通報して探すべきではなかったかという疑問はある。だが、生徒を信じた担任の温情は一人の生徒を助けたことにもなる。