温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

炬燵(コタツ)

堀コタツ

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ネココタツ

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湯タンポ

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コタツ櫓

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 中学2年の11月、朝から冷たい雨が降っていた。

 祖母と母は近所へ葬式の手伝いに行って、家には長兄と僕だけが座敷に寝転んで本を読んでいた。日曜日というのに雨だから外では遊べない。

「寒い」と思ったがまだコタツを出すような時期ではないので我慢していた。

「コタツ出そうか」

 長兄は本を伏せて立ち上がると台所へ行って七輪で炭火を熾した。そして物置からネココタツを出し雑巾で埃をぬぐい取ってから炭火を入れた。

 僕は見ているだけだ。親の留守中に勝手にコタツを出すことなんてもっての外だ、長兄だから許されることだった。

 長兄は鼻歌を歌いながらセッセと動いている。

 座布団の上にネココタツを置いて、敷布団は敷かずに掛布団だけを押し入れから出して掛けた。

 さっそく足を突っ込みネココタツに足を付けると、まだ冷たかったコタツが徐々に温まり、やがて布団の中全体に行き渡ってきた。

 長兄は教科書を再び読み始めた。

 僕は何回も読んでシミの位置まで知っている少年雑誌を閉じて布団に首まで潜った。

 寒さで凝り固まっていた全身の緊張が解けていく。

 いつの間にか寝入っていた。

 当時、家庭にストーブはなく、暖房はコタツだけであった。雪は降り積もっても気温が氷点下になることはほとんどない地域だから、綿入れハンテンを着てコタツがあれば十分に寒さをしのぐことができた。

 夜は、座敷に家族全員がメザシのように並んで寝ていた。寒くなるとそれぞれがネココタツを足元に入れていたが、幼児のころには寝相が悪くコタツをけ飛ばす恐れもあったため湯タンポを入れてくれていた。

 12月下旬、いよいよ寒さが本格的になると納戸の堀コタツを出して、四方から足を突っ込んで寝ていた。