読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

七輪(シチリン)

f:id:hidechan3659:20161205141645j:plain

かき餅

 外はみぞれ交じりの雨が降っている。

 せっかくの日曜日だというのに外で遊べない、近所の友達も家から出てこない。長兄や次兄はどこかへ行っている。

「退屈だなー」

 僕はこたつの中から外を眺めているだけだ。

「勉強しいや」

 祖母は言うが僕にその気はない。

「よいしょっと」

 祖母が意を決したようにこたつから出た。

「なにするん」

 僕の言葉を無視して黙々と動いている。無視するということは出来上がりを楽しみに待てと言うことだ。

 祖母は七輪に炭を入れて火を熾し、金網を置いてかき餅を載せた。しばらくするとかき餅がプーっと膨らんできた。左手に持った一本の箸でかき餅を押さえせっかく膨らんだのをつぶして、右手の箸で伸ばしていく。かき餅は徐々に分厚くなり大きく広がっていった

 焼く前の三倍ほどにもなったかき餅を祖母が箸でつまんで「ほいっ」と僕に渡した。

「ほいっ」と手で受けとった僕は「アチチ」とかき餅を畳の上に放った。しばらくしてから手に取り、口に運んで「ポリッ」と折った。甘みがジワーっと口に広がる。ポリポリと食べながら、次のかき餅に手を出すと、「だめだ」と取り上げられた。

 皆で分けるのがわが家の鉄則だ。全員がそろっているときに等分にする、それまでは食べさせてくれない。

 夜、祖母が出してきたかき餅は冷めて固くなっていたが、焼くときにじっくり時間をかけて伸ばし、芯が残らないようにしているからセンベイのように食べやすかった。

 

 魚スキ

f:id:hidechan3659:20161207101518j:plain

「スキヤキするから黒ヤイ(グレ、メジナ)を買いに行ってくれるか」

「よっしゃ」

 魚屋は自転車で峠を越えて隣町まで行かなければならないがスキヤキはごちそうだ。

「どんなんがいいか」

「大きいほうがいい、30センチより大きいのを買って、もし魚がなかったらクジラ肉でもいいからな」

「よっしゃ」

 自転車を抱えて前の道まで下した。

 往復で1時間かかって買ってきた黒ヤイは30センチを超えていた。

「いいのがあったの」

 祖母が僕をねぎらった。

 すでに七輪の上のスキヤキ鍋には野菜が一杯入れてある。さっそく鱗と内臓を取り払った黒ヤイを丸ごと1匹鍋に載せた。

 三畳の下(しも)の間で家族5人が七輪を囲んだ。

「ここは僕の城だぞ」

 鍋で僕の前に小さな場所を確保して、ゴボウや豆腐を集めた、次兄もやっている。

「そんなことせんでもいっぱいある」

 祖母の小言もなんのその、あちこち手を伸ばして、煮あがった野菜を城に移す。

 魚は身だけを箸でつまんで食べていく。

 グレ・メジナは他の地方では「青臭い」と言ってあまり食べないが、僕の地方では魚スキとしてよく食べ、黒鯛だと思っていた。

 冬の寒い夜はスキヤキが一番のごちそうだった。

 

 金魚(緋女魚・ヒメジ)

f:id:hidechan3659:20161205141552j:plain

「七輪に火を熾してくれや」

 冬休みのある日昼前、母に言われた。

「金魚焼くんか」

 観賞用の金魚ではない、海の魚ヒメジのことを僕らの地域では金魚といっていた。今朝行商のおばさんから買っていたのを見ている。

「そうや」

 母は体長5~7センチの金魚を大きな皿に出した。一夜干しだから半渇きで頭も内臓も付いている。

 台所横の畳の部屋で家族が七輪を囲んで円座になり、自分で焼きながら食べていく。普段はアジ、サバ、イワシなどを母が一気に焼いて食べているが金魚や笹カレイのときは自分で焼きながら食べるのだ。

「熱いほどうまいで」

 焼きたてを自分の小皿に取って素早く醤油をかけるとチンと音がした。

  頭から一気に口にいれて噛むと内臓の苦味がわずかに広がった。

「うまいな」

 皆が黙々と食べている。

 

焼きマツタケ 

 今日はめずらしくマツタケが大量に採れた。七輪に円座になってマツタケを自分で焼きながら食べるのだ。

「アチチチ」

 嬉しそうに声をあげ、焼きあがったマツタケを手で割いて醤油に付けながら食べていた。

 数年に一度のぜいたくだった。

 

 現在でもホームセンターには売っている七輪だが、気密性の良くなった今の家屋では室内で使うことができず、ニクロム線の電気コンロや電磁コンロが普及してからはほとんど使われなくなった。