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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

風呂と便所

 

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 ぼくがまだ5、6歳のころ、大工をしている湯里の伯父さんが風呂と便所を建ててくれた。
 それまでの風呂がどのようなものだったのかは記憶にないが、便所は深い大きな穴に2枚の厚板を渡しただけのものだったから、
「子供が便所に落ちたらかわいそう」
 と、建ててくれたものだった。板敷きになっていたから土足を脱(ぬ)いで上がった。

   当時の村には、広く深い肥ツボに厚板2枚を渡しただけの便所も多く、子供が落ちたという噂を聞くことがあった。そして「肥ツボに落ちた子は名前を変えなければいけない」と言われていた。

  風呂はガラス窓のある当時としては近代的な建物だった。

  浴槽は五右衛門(ごえもん)風呂で焚(たき)口は外の軒下にあり、雑木を燃やして湯をわかした。
 暗くなったらローソクを灯して入浴した。
 水道もなかったので、水は井戸から大きなバケツ2個を天秤棒で担ぐ棒手振りスタイルで入れていた、それでも何回も往復しなければならなかった。
「ぬるいよ」
 と大声をあげたら、雑木を足して追い焚(だき)してくれる。このとき鋳物で出来ている浴槽は全体に熱くなってくるので背中と浴槽の間にタオルを挟まなければならなかった。
「熱い」
 と言えば、井戸から水を運んでくる。
 ある日「熱いよ」と言ったら、どさっと雪の塊が窓から飛び込んできた。
 頭から雪を被(かぶ)ったぼくが悲鳴をあげた。
長兄が外に積もっている雪をスコップで放り込んだのだ。
「うわー」
「まだ熱いか」
 スコップにいれた雪を持って入口から顔をだした。「まだ、熱いなら頭から雪を被(かぶ)せるぞ」という素振りだ。してやったりという顔をしている。
「いや、もういい」
ぼくはあわてて湯船に体(からだ)を沈めた。
焚き口の灰のなかにサツマイモを埋めて、残り火を被(かぶ)せておくと焼き芋ができた。
「フーフー」と灰を吹き飛ばしながら食べる焼き芋は最高にうまかった。