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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

爆撃機と戦闘機

 家を揺るがし吹き荒れていた木枯らしがピタリと止んだとき、上空を通過する飛行機の音が不気味に響いてきた。プロペラ機特有の低い音だ。
「アメリカ軍の編隊だ、朝鮮へ爆弾を落としに行くんだな」
 長兄が言った。
 当時は昭和25年に勃発した朝鮮戦争の真っ最中だった。それにしても真っ暗闇のなかどうやって朝鮮へ行っているのだろうか。
「夜の爆撃は恐いぞ、真っ暗闇の空から、ものすごい数の爆弾が落ちてくるんだ、逃げようがないぞ」
 次兄が友達から借りていた雑誌「少年倶楽部」を持ってきた。次兄が開いたページには真っ暗な空から湧くように落ちてくる爆弾と逃げ惑う人々の姿が描いてあった。
 火の海になった都会、恐怖のまなざしで空を見上げる人、絶叫をあげている人など凄惨な絵だった。
「ここは大丈夫か、爆弾は落ちてこないか」
 急に恐くなった。
「日本の戦争は終っているよ、戦争をしているのは朝鮮だ、落ちてくるはずがない」
 母がなぐさめてくれた。
「アメリカ人のきまぐれで落とすかもわからんぞ、爆撃に行ったのに暗いから目標が分からずに引き返す途中で捨てて帰ることだってあるらしいぞ」
 次兄がぼくをからかった。
「こんな田舎に落としたところでなんになる、せいぜい数人が死ぬだけだ、爆弾がもったいないよ」
 母のひと言に、それもそうだ。と納得して不安は消えた。

 この当時、村の上空を飛行機がよく通過した。なかでも井の字型をした双胴のアメリカ軍戦闘機・ロッキードが一番多かった。
 それらは低いうなり音を残して通りすぎて行った。

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   絵・米軍ロッキード戦闘機

 昭和27年ごろのことだった。