温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

教科書

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 教科書は有料だった。新学期がはじまる前、学校へ売りにきた。でも買うのは、いつも1冊か2冊だけだった、あとは古いのを使っていた。
 毎年、同じ村の1年先輩から譲ってもらった。それら教科書は汚れていた、落書きもあった。
ときには破れていることもある。
 3年生のとき、国語の時間だった。教科書を順番に数行ずつ読まされ、ぼくの番になった。
ところが、ぼくは立ち上がって読む態勢に入ったまま黙っていた。いつもは元気よく大きな声で読むのに黙っている。
先生が出だし部分を読んでくれた。ここからだよ、と教えてくれたのだ。
でも、ぼくは黙っていた。先生がぼくの席まで来て、黙ったまま指で出だしの部分を示そうとした。しかし、そのページは3分の2ほどが破れて脱落していたのだ。
「あら」
 先生の発した言葉はあまりにも短かった。通常であれば「教科書を破ってはだめですよ」と言うところなのだが、ぼくのは使い古した教科書であり、ぼくが破ったのではないことを瞬時に理解してくれたにちがいなかった。
先生が自分の教科書をぼくに持たせて、
「ここからよ」
 と言ってくれた。
 白いチョークがいっぱい付いた教科書だった。赤鉛筆で傍線を引いているところもあった。香水の匂いが、ほのかに漂っていた。
ぼくが読んでいるとき、先生はぼくの教科書を、ぱらぱらとめくっていた。ほかに脱落した箇所がないかどうかを点検してくれたようだ。
「はい、次」
 先生が次の生徒にバトンタッチしてから、ぼくの教科書を返してくれた。
 ぼくの指に白いチョークの粉が残った。
 古い教科書だからはずかしいという気持ちは湧いてこなかった。ごく自然に受け入れていた。ほかにも古い教科書を使っている生徒もいる。
 傷(いた)んで使い物にならない教科書のみ新しいものを買ってくれた。
 小学5年のとき、理科の教科書を1冊だけ買ってくれた。
 臨時の売り場になっている学校の教室は新しい本の匂いが充満していた。
学年ごとに分けられた列にぼくも並んだ。
教室は生徒でいっぱいだ。
国語、算数、社会、理科、音楽、図工と分けられている教科書の山から1冊ずつ取って渡してくれている。
 ぼくの番になった。
「理科」
 大きな声で言った。
「はい、201円」
 販売のおじさんが1冊を渡してくれた。
1円という設定が不思議だったが、200冊売れば200円になると納得した。
 新しい教科書は、とても良い匂いがした。
 鼻にくっつけて新しい本の匂いを楽しんだ。
 
 古い教科書は高校を卒業するまで続いた。