温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

田車(たぐるま)

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 田植えが終わってひと月もすると稲は大地にしっかり根付いてきた。植えたときには若草色のか細い苗だったが、今では深い緑色に変わって太くたくましくなっている。
 中学生のとき、夏休みに入って早々、母から田車での草取りを言いつけられた。
涼しいうちに作業をやってしまうのがいちばん楽だ、と夜明けとともに起きだして田んぼへ入った。水がひんやりして気持ちいい。村のなかで働いているのはぼくだけだ。約束したのは1反だけだ、2時間もあれば終わるだろう。
1歩踏み出して両手で田車を押した。
「ザー」っと、ここちよい音が未(いま)だ寝静まっている村に拡がっている。
 田車に追い立てられた蝗(イナゴ)が夜露に濡れた重い羽根を必死に羽ばたいて逃げて行く。
 小学生のころ、田んぼで捕った蝗(イナゴ)を炭火で焼いて、砂糖醤油を付けて食べたことを思い出した。
香ばしくて旨(うま)かったという記憶はあるが、今では「かわいそうだ」という気持ちのほうが強く、食べる気にならなかった。
 ぼくの力で田車が土を掘り返して進む。田んぼの端へ到着すると、田車を持ち上げて反対方向のまだ終っていない筋に置いた。こんどは逆方向だ。何回も行ったり来たりして田車を進める。こうすれば雑草の除去とともに稲の根に新鮮な空気を与えてやるのだ。
 苗は30センチほどの間隔を空けて1列に並んでいる。ぼくが使っている田車は一度に2列の作業ができる。とはいえ、1反の田んぼともなると100列以上になる。
 1時間ほども行ったり来ったりしてやっと田んぼ全体の半分ほどが終わった。
―まだ、半分もある。
 2列ずつ進むのがもどかしい。
―えい、ままよ。
 1列飛ばして次の筋に田車を置いた。母に見つかれば叱られる。だが、除草の終わったところから出る濁りが飛ばした筋を隠してくれた。
―しめしめ。
 ぼくは4、5筋歩いて1筋を飛ばした。また、4、5筋歩いて2筋を飛ばした。
 1反の田んぼが終ったとき、いったい何筋)飛ばしたのか分からなくなっていた。
 田車を担いで家に帰ったぼくを、「早かったの」
 母はご機嫌で迎えた。
 これで、今日の手伝いはすべて完了だ、あとは好きなことをして遊べばいい。
―うっしっし。
 できたてのおこげで作ってくれた大きなおにぎりにかぶりついた。
「あ、そうだ。田んぼに蝗(イナゴ)がいたで」
 指に付いた飯粒をなめながらぼくが言った。
「そうか、消毒しようか」
 母は納屋から取り出した噴霧器を背負って田んぼへ出て行った。
 ぼくの村では田んぼに殺虫剤を散付することを消毒といっていた。

 消毒を終わった母が田車を担いで田に行こうとしている。
「どこへ行くん」
 ぼくがしらを切って聞いた。
「1列忘れている」
 母はそれ以上なにも言わずに出て行った。