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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

村祭り

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 村祭りは9月9日の「十日祭り」と、10月31日の夜から11月3日までの「本祭り」との2回に分かれている。

 十日祭りには石見神楽奉納がある。
 9月9日の午後から学校も休みになり翌日も休みだ。
 ぼくらは、うきうきと心をはずませて学校から帰り、Y君らを誘って湊の八幡宮へ場所取りに行った。
 境内に設えた舞台の正面で一番見やすい場所に、むしろを敷いてわが家の占有席を確保した。あとは遊びながら夜を待つだけだ。
 周辺には大きな幟(のぼり)が立ちならび、社殿からは笛や太鼓の音がながれ、祭り気分も盛り上がる。
 夕方になると村人がごちそうを詰めた重箱と夜の冷気を防ぐ毛布などを持って集まってきた。
 神楽は日暮れとともにはじまった。
 まず、神さまにお出ましいただく舞からはじまる。笛太鼓の神楽囃子(かぐらばやし)に合わせて、だらだらと長い舞がつづく。ぼくら子供にとっては退屈な時間だ眠くなる。
「鬼がでたら起こしてよ」 
 母に頼んで仰向けになった。境内を覆(おお)う松の木の葉が電灯に照らし出されて浮かびあがっている。真っ暗な空を遮断するかのように、あざやかな緑が広がっていた。
「鬼がでるよ」
 母が揺り起こしてくれた。
 舞台入口に垂れ下がった幕の裏から出てくるところだ。人々を苦しめる鬼を退治する太夫が弓や太刀を構えて待ち受ける。歌舞伎のような派手な衣装に人の頭の数倍もある面をつけた鬼と太夫とが、はげしく数十分も闘う。
 大太鼓、小太鼓、鉦が八拍子の囃子を奏で、はじめはゆっくりと、次第に激しく打つ拍子に合わせて舞の動きも激しくなり、最後には鬼を仕留めるのだ。
 演目は次から次へと続き、最後の演舞となる須佐之男命(すさのおのみこと)の八岐大蛇(やまたのおろち)退治が終わるころには、しらじらと夜が明け始めていた。
 徹夜の神楽に堪能した村人は、寝不足の重い足取りで帰路についた。
 社(やしろ)の上空に輝きを失った白い月が残っていた。
 十日祭りは、9日夜の神楽奉納だけで終わった。

 本祭りは10月31日の夜から11月3日まで湊の八幡宮で祭礼が行なわれる。
 11月1日の午後に駅前までお神輿の巡幸があった。女の神さんだから暴れてはいけない。しずしずと静かに担いでいく。
「お神輿は、わっせ、わっせと暴れなくちゃあ面白くない」
 ぼくらはお神輿には目もくれず、門前の通りにびっしり並んだ露店を、何回も往復しながら買い物に熱中した。ポケットには、年に1、2回しかもらうことのない小遣が100円入っている。ぼくにとっては大金だ。飴(あめ)なら100粒買える。この100円で欲しいものを買うのだ。今日だけは何を買っても母に怒られない。
 
 家には親戚の叔父や叔母が来ている。皆をごちそうで歓待する。
 座敷の上座へお客に座ってもらい、ひとりひとりの高膳を据えて会食する。
「おかわりをどうぞ」
「いや、もう腹いっぱいいただきました」
 叔父さんが茶碗を膳の上に伏せた。
 遠慮をする叔父さんの茶碗を祖母が強引に取って、茶碗の深さの二倍ほどもごはんを盛り上げた、てんこ盛(も)りだ。
「うわー、こんなにたくさん、おなかに入りませんよ、少し減らしてください」
「いやいや、他人の家では遠慮してしまうもの、だいじょうぶ、食べれるよ」
 祖母は強引に茶碗を叔父さんに渡した。
「かないませんなー」
 ぼやきながらも、うれしそうに、たちまち、てんこ盛りのご飯をたいらげた。
 遠慮は美徳という風習のひとこまだった。
 夜は、全員が一部屋に枕を並べて横になり、つもる話をしている。
 朝まで話し声がしていた。

 2泊した叔母さんらは両手いっぱいのご馳走を持って帰っていった。