温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

薪(たきぎ)

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        絵・大八車

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   絵・背負子(しょいこ)

 

 雪の到来を前に風呂焚きやカマドの燃料にする薪(たきぎ)を確保しておかなければならない。ヤナイゴ谷の山から雑木を切り出して家(うち)まで持ち帰ることになった。
 大八車(だいはちぐるま)があれば一回に多くを運ぶことができるし、帰りの道は下りの坂道ばかりだから楽をできるが、家(うち)には無いので、山から家までのおよそ1キロメートルを背負子(しょいこ)で運ばなければならない。
 自分の頭よりはるかに高くなるほど雑木を背負(せお)うから、その重さは並ではない。1歩1歩と地を這うように歩いて、やっと家にたどり着いたときには、へとへとに疲れていた。
 ひと冬を越せるだけの量を確保するためには、家族全員で一日中、何回も往復しなければならない。
 重い荷を下(おろ)ろして、ほっとするまもなく、また、山に向かう。
 肩にくいこむ荷から開放された体は軽く、飛ぶように軽やかな気持ちで歩き出した。
 だが、累積(るいせき)していく疲労はたちまちぼくの体を押さえ込み、足が重くなっていく。それでも、1日がんばって夕方には庭の山際に雑木の束(たば)が山となった。
「これで、この冬は、どんな大雪になっても大丈夫だ」
 疲れきった腰を労(いた)わるように摩(さす)る祖母も満足そうだった。