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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

消し炭

 木炭は火が点(つ)きにくいので、やわらかくて燃えやすい消し炭を混ぜていた。
 消し炭は風呂の残り火を素焼きの壷(つぼ)に入れて作っていたが、冬のコタツに使うにはとうてい足りないので、ひと冬用の消し炭を作ることになった。
 米の取り入れも終わり、農作業も一段落ついた秋日和の日、家族全員でヤナイゴ谷にある我が家の山へ消し炭づくりにいった。
 祖母と母が雑木を切り、長兄と次兄が直径、深さとも1メートルほどの穴を掘っている。
 何もすることのないぼくは、皆の作業をみているだけだ。
 適当な長さに切った雑木を穴の中に積み重ねて火を点けた。
「あんまり勢(いきお)いよく燃やしたら燃え尽きてしまうぞ」
 祖母が谷川の水を少しずつかけながら火加減を調節している。
 穴の中に積み重ねた雑木が勢いよく燃え出した。祖母が炎をじっと見つめている。
 火が木の内部まで着かないと生木(なまき)が残って、炭として使ったときに煙が出てけむい、燃えすぎると灰になってしまう。

「よし、土をかけろ」
 祖母に言われて、母が燃えている炎のうえから水で濡らした菰(コモ)をかけ、長兄と次兄が、スコップで土をせっせと被(かぶ)せていく、勢いよく燃えていた炎が土の中に消えていった。
 穴を完全に埋(う)めたところですべてが終わりだ。
 再び、祖母と母が雑木を切り、長兄と次兄が別の穴を掘っている。同じ作業の繰り返しだ。
 3ヵ所の穴で雑木を燃やして埋めた。
「これで、ひとまず作業は中断だ、昼ごはんにしよう」
 母が日当たりのいい場所で仕度を始めた。
 祖母ひとりがぼくらから離れて山奥の方角へ歩いている。
 ふと、立ち止って立ったまま腰を屈めた。そのままじっとしている。
 何をしているのかなと思ったとたん気がついた。
― おしっこだ。
 着物はのばしたままだ。そういえば祖母の下着は腰巻だけでパンツは穿(は)いていない。だから立ったまま両足を広げて屈めば、尻を陽光にさらすことなく、おしっこが可能なのだ。昔の人は皆がそうなのだ。
 やがて、用足しをすませた祖母が歩きだした。
「ここに山芋があるぞ」
 長兄と次兄が祖母に呼ばれて、スコップと鍬(くわ)で山肌を掘り始めた。
「気をつけろ山芋は曲がっていて長いぞ」
 長兄が慎重に芋を探(さぐ)りながら掘り下げていく。
長い時間かかってやっと掘り出した山芋は50センチほどのものだったが、よく太っている。
「あっ、おかずを忘れた」
 母が突拍子もない声をだした。
「おかしいな、どこへ忘れたんだろう」
「えー」
 皆が非難の声をだした。おかずが無ければ家へ帰って食べるしかない。それにしても気持のいい外でごはんを食べることができると思っていたのに残念だ。
「万が一、山に火が移ったら大変なことになる、火の元を離れてはいけない」
 祖母の意見に「やったー」ぼくはとびあがった。
 母は採ったばかりの山芋を谷川できれいに洗って草刈り鎌で皮をむいた。そして輪切りにした。これに醤油をかけておかず一品のできあがりだ。醤油はぼくが瓶をかかえてきたから十分にある。
 しばらく姿を消していた祖母がひとにぎりのワラビを持ってきた。
 ワラビは春に芽を出すものだと思っていたぼくらはびっくりしている。半月前に草刈りをした場所を思い出して行ってみたら生えていたということだった。
「ワラビはな、むかしから『一人息子に食べさす程度なら一年中ある』といわれている」
 祖母が庖丁の代わりに草刈り鎌でワラビを切って、灰をまぶした熱湯とともに茶碗にいれた。
 しばらくしてから谷川の水でワラビをきれいに洗い、皿に盛り付けて醤油をかけた。
「ワラビのおひたしだよ」
 これで二品目だ。
 母がごはんに醤油をかけてくれた。
 醤油かけごはんに山芋だ。
「美味(うま)い」
「美味(うま)いな」
 皆がピクニック気分を満喫している。
 ごはんを食べ終わった長兄が山の木にぶら下がったアケビを見つけた。蔓(かずら)を手繰(たぐ)り寄せて実を採ると5個あった。
 大きくてぱっくりと割れた殻(から)のなかから、いも虫のような実が見えている。
「苦(にが)―」
ぺっぺっと種を飛ばしながら食べていた次兄が、いっきに吐(は)き出した。熟れた実は甘いが未熟なものはとてつもなく苦いのだ。

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       絵・あけび  

 秋の陽光が、たちまち狭い谷間を通りすぎ肌寒い風が流れた。

「もう出来た時分だ」
 祖母の合図に、穴に埋めた土を慎重に掘り出していく。
 湯気を立てている温かい炭がざくざくとでてきた。
 掘り出した消し炭を叺(かます)に詰めていく。一つ穴からカマス1俵、計3俵できた。
「上出来だ」
 母が2俵、長兄が1俵のカマスを背負い、祖母と次兄は鍬(くわ)やスコップを担(かつ)いで家路についた。
 あとは天気のいい日に天日干しすれば完成だ。
 
 おかずの包が縁側に残っていた。
「なんだ、こんなところに忘れている。これが今晩のおかずだ」
 照れ隠しに冗談めかして言う母に、もはやだれも文句を言うものはいなかった。

 晩飯のとき、ぼくがごはんに醤油をかけようとした。
「だめだ」
 母が止めた。
「どうして」
「腹に虫がわくから」
「だって昼飯はよかったではないか」
「あのときは仕方なかった、おかずを忘れたから」
 ぼくの手から醤油差しを取り上げた。
 二度と食べさしてくれなかった。
 
 醤油掛けごはんの味が忘れられない。