温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

大風(おおかぜ)

 いつもは静かな山村に不気味な音が殷殷(いんいん)と轟(とどろ)いている。
 誰も経験したことのない現象に村の人たちは不安に陥(おちい)っていた。
 野良仕事をしていた人たちが集まってきた、だれもが不安な顔をしている。
「何の音だろう」
「地鳴りのような低い音だ」
 口々に不気味さを訴え空を見上げている、空は青天だ。
「どこかの山が噴火するんかのー」
「火山と言えば大江高山だろうけど、ここからは5,6キロも離れているから安心じゃがの」
「火山なら地震があるはずだ」
 ラジオもテレビもない時代だから、村に何かの異変が迫りつつある危機感をもっても、それが何なのかが分からない。
「海鳴りかもわからん」
 老人のひとりが、「海鳴りなら、幾重もの山を越えてこの村に届くこともある」
 と言った。
「海を見てくる」
 隣のおじさんが長兄と一緒に裏山へ登った。
「山の上から遠くに見える海は真っ白だった」
 2人が言った。荒れているのだ。
「大風(おおかぜ)がくるかもしれないな」
 おじさんの言葉に不安がつのった。
 
 その夜、それは突然やってきた。
 生暖(なまあたた)かい風が「サーッ」と吹き抜け、急激に大風になった。強烈な風は山の木々を唸(うな)らせ、家屋をきしませ通り過ぎていく。海岸に押し寄せる大波のごとく「ゴーッ」と不気味な音と共に風の塊まりが襲ってくる。家が不気味にきしむ。
「やれのー」
 祖母がたまらず声をだした。
 天井裏にポタッポタッと音を響かせて雨漏りが始まった。水を受けるために置いている洗面器から溢(あふ)れないだろうかと心配になった。
「そろそろ屋根を葺(ふ)き替えなければいけんなー」
 母の独り言も上(うわ)の空、今にも家が壊れるのではないかと、ぼくは恐怖におそわれていたが、
「気が小さい」
 と、笑われるのが癪(しゃく)だったので、だまって寝たふりをしていた。2人の兄は「スースー」と寝息をたて眠っている、その豪胆さにあきれた。

 1晩中吹き荒れた大風も夜明けと共に静かになり朝日が昇ってきた。青空が広がっている。
 わが家は屋根の一部が、麦わらを剥(は)ぎ取られて無残な姿をさらしていたが被害としてはたいしたこともなかった。
「ゆうべはひどかったなー」
 祖母が言いながら隣の村に用事があるといって出かけていった。
 
 晴天は長く続かなかった。通り過ぎたと思っていた大風がぶり返したのだ。今度は雨を伴っていない。
「祖母はどうしたかなー」
 心配するぼくの前に祖母が帰ってきた。
 大風は祖母が用件を済ませて帰ってくるのを待っていたかのようであった。
 仏壇の前に座った祖母が「仏さんのおかげだ」と言って両手を合わせた。
 一日中大風は吹いたが雨は降らなかったので次兄は遊びに行っている。もはや怖くはなかった。

 後日、「台風の目」が村を通り過ぎたと知らされた。祖母が家を出てから帰ってくるまでの2時間ほどが「台風の目」に入っていたのだった。