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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

雪だ

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 ゴーゴーと山を揺るがしていた木枯らしがぴたりと止んで、村の中が不気味なほど静かになった。
「ポー」
 山陰本線を走る汽車の汽笛が幾重(いくえ)もの山を越えて、かすかに聞えてきた。もの悲しく侘(わび)しい音だ。静かな夜だけに聞える現象だった。
 ふと、壁に貼ってある時刻表を見た。旅客列車の通る時間ではない、貨物列車だ。
 
 裏山から「パーン」と乾いた音がした。
「雪が降っているなー」
 祖母が石うすで大豆を挽(ひ)いてきな粉を作りながら、ぽつりと言った。
 雪の重みに耐えられなくなった竹が張り裂けた音だ。
― 明日は雪が積もっているぞ。
 期待がふくらむ。朝がまちどおしい。
 翌朝、目が覚めると、村が異様なほど静かだった。
 障子の外が異常に明るい。普段は下の方が明るく、軒近くになるほど暗くなっているのに今日は全面が明かるい。
「雪だ」
 次兄が障子を開けた。外は一面の銀世界だ。山も田んぼもすべてが雪に蔽(おお)われている。積雪30センチはあるだろう。庭木を圧する雪は真っ白ですがすがしい。
 綿帽子を被(かぶ)った万両(マンリョウ)の赤い実も重そうだ。見慣れた景色が新鮮に見える。
「やっほー」
 次兄と競争で縁側から雪の積もった庭に飛び降りた。
 ザクッと心地よい音がして足が膝(ひざ)まで沈んだ。
「ひゃー、冷たい」
 ふたりは裸足で雪の上を走って座敷に上がった。
「こら、足を拭いて上がれ」
 祖母の小言をしりめに、こたつのなかへ足を突っ込んだ。雪で濡れた足の先が火に温められて痒(かゆ)くなった。
― 今日は日曜日だ。
 雪で遊ぶぞ。
 心が躍(おど)る。
 次兄が茶碗と箸を持って外へ出た。
 椿の葉に積もっている雪を茶碗にかき集めて砂糖をまぶした。
「美味いぞ、かき氷だ」
 ごはんを食べる要領で食べはじめた。
 ぼくにも一口だけ食べさせてくれた。
「甘(あま)い」
 台所へ走り、茶碗と箸を持ってきた。
「雪を食べたらだめだ」
 母に叱(しか)られた。
「なんでや」
「雪は空気中の汚れた塵(ちり)を含んでいる」
「そんなことない、雪は真っ白だ、汚れてなんかないぞ」
「目に見えない」
 母に茶碗を取り上げられた。次兄は、もう食べ終わっていた。ぼくはうらめしそうに空を見上げた。
 雪も止(や)み、真っ青な空が広がっていた。

 長兄が虫めがねで、畑の杭(くい)に積もった雪を見ていた。片手には教科書を持っている。
「覗(のぞ)いてみろ、雪の結晶が見えるぞ」
 長兄から借りた虫めがねの先に、花のように開いている結晶があった。中心から羊歯(しだ)のような形の結晶が吹き出ている。虫めがねを外してもはっきり見える大きさだ。
ふしぎだ。誰かが作ったような、美しい形をしている。
 手にとって見たいと指先で触れたら、しゅんと消えた。

 真っ白になった庭を西から東へ動物の足跡が続いている。
― なんだろう、犬かな、野良猫かな、いや、キツネかもしれない。
 足跡をたどってみることにした。
 庭を通り過ぎた足跡は、畑の中を横切って納屋の横から隣の家へと続いている。
― どこまでも追跡してやるぞ。
 立ち止まることもなく同じ速度で歩いたらしく歩幅も同じだ。
―いったい、どこへ行くのだ。
 足跡は隣の家へは行かず裏山へ上る道に沿って登っていた。
 木立の間をどこまでも登っている。かって知った道なのだろう、足跡に少しの乱(みだ)れもなく淡々と歩いている。まるで、ついて来いと言っているようだ。
―これは、キツネかタヌキだ。
 ふと、「おいで、おいで」と、誘(さそ)い込まれているような怖れを抱いて追跡(ついせき)をやめた。