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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

キツネ

 木枯らしが山の木々を振るわせ「ゴーッ」と音を立て通り過ぎている寒い冬の夜更けだった。
 風の音を聞きながらぼくは、すっぽりと夜具のなかに潜り込み、コタツからの温もりを全身に受けて心地よく寝ていた。
 生き物すべてが寝静まっている村のなかを隣町方面から一匹のキツネが「ギャーギャー」と、けたたましく絶叫しながら村へ入ってきた。
 村の大道を、ひどくゆっくり通り過ぎていく。あまりにも不気味な声に村中が怖れおののいたかのように静まり、家のなかで耳をすませているだけだった。
― 家(うち)の方に来ないように。
 ぼくは息を殺してじっとしていた。狐が家の壁をすり抜け、襲ってくるような恐怖を感じていた。
 やがて、その絶叫は向かいの山の中に消えていった。
 しばらくして村のあちこちから飼い犬が吠(ほ)えだした。狐が村のなかにいる間は、犬も怯えて声をださなかったようだ。
「何かあったんかなー」
 祖母がほっとしたように呟いた。
 オシッコをしたくなった。便所へ行くには家の外に出なければならない。
― 怖いな。
 さきほどの狐が家の前にいるようで怖い、朝まで待つことにした。
 だが、我慢できそうにない。
「○○のおじいさんは、夜中に便所へ行くのが大儀(たいぎ)なもんだから、節(ふし)をくりぬいた竹筒を部屋から外へ出して用足(ようた)しをしている」
 祖母が、ときどき口にしていた。○○のおじいさんは、それほど横着者(おうちゃくもん)だと言っているのだが、祖母も夜中にオシッコをしたくなったときに思い出すらしい。
 我慢しきれなくなった。
「おばあちゃん、オシッコに行きたい」
 小さな声で祖母を揺り起こした。
 祖母は何も言わずについてきてくれた。
 
「そこで待ってろよ」
 先に済ませて家に入ろうとしたぼくを、祖母の声が引き止めた。