温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

化け猫

 母の実家は、もより駅から歩いて1時間もかかる山奥にある。
 親戚へ行くのは、いつも朝一番の汽車で行っていたから、もよりの駅に着いたときはまだ暗く、周辺の山がかすかに姿を現しはじめた道を歩いて行った。
 ぼくは村はずれにある一軒家の前を通るのが苦手だった、というより怖かった。
 その家には、昔、化け猫がいたという話があったからだ。
 家の前になると恐怖で身体が緊張し胸がどきどきしてくる。ぼくは、その家を横目で見ながら足早に通り過ぎていた。
 その話というのは次のようなものだった。

 昔、その家に越中富山の薬売りが来た。
 その家のおばあさんは毎年やって来る薬売りをいつも一晩泊めていた。
 おばあさんはだんごや蕎麦を作り、薬売りもそれが楽しみだった。
 その年、おばあさんは病気で寝ていた。薬売りは、それでもおばあさんに逢えたことを喜び、いろいろな旅先での話をした。
 あくる朝、出立のとき薬売りは外まで見送りに出た若夫婦に小さな声で聞いた。
「おばあさんは、近ごろ何か変わったことはありませんか」
 若夫婦は、ふしぎなことを聞くものだと思いながら、それでも、近ごろは食べ物が変わっていると答えた。元気なころには生臭いと言ってまったく食べなかった魚を好んで食べるようになっていた。
「おばあさんがかわいがっていた猫がいないようだが・・」
 薬売りは重ねて聞いた。
「おばあさんが寝込んでしまって、誰も面倒をみないものだから、どこかへ行ってしまった」
 若夫婦の話が終わらないうち、薬売りは家のなかに走りこんで、その勢いのまま、おばあさんの寝ている布団の上から懐剣を突き刺した。
 
 布団のなかには年老いた猫が死んでいた。
 薬り売りは言った。
「おばあさんには、おばあさんの香りがあるものですよ、いつも一緒に暮している家族には分からないけど、1年にいちどしか逢えない私は、おばあさんの香りに1年間のなつかしさがでてくるんです。今年はそれが違った。猫は人間に化けることはできても畜生の臭いまでは隠せなかった」
 薬売りは床下で首を食いちぎられたおばあさんの亡骸(なきがら)を見つけた。
「おばあさんは私に仇(かたき)を取って欲しかったのだ」
 薬売りが言った。