温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

お菓子

 バラ売りの飴(あめ)は1粒1円、粒(つぶ)が大きくて丸い飴玉は2円、20粒入りのキャラメルが1箱20円だった。
 ぼく1人にキャラメル1箱を買ってもらうことはほとんどなく、たまに10円をもらって飴を10粒買った。
 解けてなくなるまで口の中を行ったり来たりさせて1粒づつゆっくり食べた。
 菓子は年に数回、ひとにぎりのものを秤(はかり)売りで買って、家族5人が同じ数になるように1粒づつ分けあった。
― 嫌(いや)になるほどたくさんの菓子を食べたい。
 食べるたびに思った。
 
 ある日、次兄は学校の帰りに仲間数人と松茸(マツタケ)を採りに行った。
 その日は両手いっぱいの松茸が採れた。これを家に持って帰れば祖母をはじめ家族皆が大喜びする。
 でも、次兄は別のことを考えていた。
ー 松茸を八百屋へ売って、それでキャラメルを買う。
 と思いついたのだ。
 近所では家にばれるおそれがあるため隣町の八百屋へ持っていったら300円にもなった。これをすべてキャラメルに替えた。
 はじめて手にするキャラメルの山だ。親に見つかれば叱(しか)られる。だから家に帰り着くまでに食べてしまわないといけない。次兄は、それらをかばんに入れ、ポリポリと食べた。
 家に帰り着くまでに15箱のキャラメルすべてを食べつくした。

 この話は次兄が大人になってから白状したものである。300粒を食べつくした日の夕食はさすがにごはんを食べることができなかったので、「腹の調子が悪い」と仮病を使ったら「正露丸を飲まされた、あれは強烈に臭いな」と笑った。