温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

バナナとリンゴ

 そのころ、バナナは1本の値段が40円していた。女性の日雇(ひやと)い仕事が日当で250円という時代だったから非常に高価な果物だ。1年の間に1回か2回、1本だけ買うことがあった。
 1本を5人で等分するのだから、ひとり当たりでは数センチしかない。
「死ぬまでに1度でいいから、バナナを思い切り食べてみたい」
 母が口癖のように言っていた。ぼくも同じ思いだった。
「バナナ1房をひとりで食べたい」
 それが夢だった。
 次兄が就職して2年目の正月帰省のとき、20本付いているバナナ1房を買ってきた。
「いくら食べてもいいぞ」
「やったー」
 ぼくは2本をあっというまにたいらげ、3本目に手を付けたが急速に食欲はなくなっていた。
「もういい」
 手にしたバナナを置いた。
 
 リンゴの値段は覚えていない。手にすることができるのは年に数回しかなく祭りのご馳走で1回、後は風邪で寝込んだとき、祖母が1個だけ買ってくる。だから風邪で寝込んだときは、
―リンゴが食えるぞ。
 と期待した。
 手にしたとき、すばらしいリンゴの香(かお)りがする。口を大きく開けてパクッとかぶりつくと、サクッと音がして甘酸っぱい果汁が口いっぱいにひろがった。
ゆっくり時間をかけて食べた。とても美味(おい)しかった。
 風邪以外の病気では買ってくれなかったが、いちどだけ買ってくれた記憶がある。
小学2年の夏休みだった。大腸炎を患って生死の境をさまよった3日目、「リンゴやで」と言って口のなかに入れてくれたのが、リンゴを磨(す)り潰した果汁だった。
でも、あのときの味は覚えていない。