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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

雑誌

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 そのころ、子供向けの雑誌として、「幼稚園」「小学○年生」があった。いずれも月刊誌であり、これらは、現在でも続いている。他に、今では廃版となった「少年」「少年倶楽部」があった。
 自分で買うことはできなかったから、次兄が友人から借りて来たのを読む程度でしかない。
 年に1回だけ新年号を買ってもらった。毎年、正月前にМ君とY君、そしてY君の弟のI君と連れだって、隣町まで片道40分の道を歩いて買いに行った。
 新年号は、表紙に金色や赤色をふんだんに使って正月気分をあおっていた。
 付録の多い本を買った。
「もういくつ寝るとお正月…」
 口ずさむことが多くなった。

 ある雑誌のグラビアに水爆が落された都市の絵が出ていた。大気がマイナス400度になり都市が真(ま)っ白な氷となった想像図だった。水爆といえども大気の熱を奪うものではないということは現在では常識であるが、当時は熱を奪う兵器だと考える人もいたのだった。
 昭和29年にビキニ環礁において、アメリカが行った水爆実験のため日本の漁船第五福竜丸が被爆するという事件が起きて数年たっているのに、水爆そのものが想像兵器だったのだ。大人になっても忘れることのできない絵となった。
 
 ある月、海中に設置されたホースのようなトンネル内を爆走する列車の絵がでていた。50年後には開通するという東京、大阪間を1時間で結ぶ弾丸列車だ。東京、大阪間の全線が海中を通るという夢のような内容だった。
 昭和39年(1964)、ぼくが就職した翌年、東京、大阪間を3時間余りで走る超特急ができて新幹線と命名された。
 半世紀を過ぎた今、夢の弾丸列車はまだ走っていない。あと数十年後東京、大阪間を1時間で走るリニアモーターの列車ができるらしいが、もはやぼくの時代ではないだろう。