温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

猿のお尻

 我が家には田んぼが3反しかなかったが、3反という広さはぼくのような遊び好きには好都合であって、野良仕事で手伝いをさせられるのは田植えや稲刈りだけだった。あとは単発的に田んぼの水入れとか田車での草取り程度で済んだ。
 野良仕事は祖母と母だけで済ませていた。

 ぼくらは外でよく遊んでいた。
 家の裏山に、水の枯れてしまった谷川があった。谷川といっても大きな岩盤がえぐれてできた滝のような溝で長さは10メートルほどもある。
 ある日、この近くで友達と遊んでいたぼくは誤ってこの溝を滑り落ちた。ところが溝はなめらかで怪我をすることもなく気持ちいいことに気付いた。
「ここ気持ちいいぞ」
 さっそく葉の付いた椿の枝を尻に敷いて滑り下りた。
「ひゃー」
 絶叫をあげながら滑り落ちる。落ちたところは積み重なった落ち葉がクッションになって気持ちいい。
 何回も上っては滑り、上っては滑りを繰り返した。
「おもしろいな、明日も滑るぞ」
 友達と約束した。

「なんやその尻」
 その夜、母に言われてズボンを見ると尻はボロボロにやぶれ短冊のようにぶら下がっている。
 母はズボンの尻にお猿さんの尻のようなハート型の厚い布を当てて繕った。

 翌日、Y君のズボンもハート型の雑巾が当ててあった。
「滑ってはならん」
 母のきついお叱りにぼくはシュンとしていた。Y君もМ君も二度と「滑ろう」とは言わなかった。

 この谷川跡は1枚岩の山肌を流水が数千年あるいはそれ以上の年月をかけて削り取った跡である。すると山の上には川もあったはずだ。
 高校生のとき、このことに気付いて溝をたどりながら尾根まで上ったが、そこは馬の背のように狭く、すぐ反対側に落ち込んでいる。水の流れるような川の痕跡さえなかった。
 ふしぎな谷川跡だった。