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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

雨の日

 雨の日曜日は好きだった。
 農作業ができないから、ぼくも農作業にかりだされることはない。
 母は納屋で莚(ムシロ)を織っている。ぼくは好きな工作をして1日を過ごすことができる。
― さて、何をしようか、舟を作ろうか。
 心がうきうきとしてくる。
 手もちぶたさの祖母が台所で何かを作りだした。
「しめた、お菓子だ」
 嬉しくなった。料理の得意な祖母は雨降りの日に、いろいろな菓子を作ってくれた。
『マキの葉(さるとりいばら)に、くるんだ柏餅(かしわもち)』『椿の葉に載せたまんじゅう』
『サツマイモと小麦粉を混ぜて作った芋パン』『椿の花を散りばめた寒天羊羹』
 ほかにもいろいろある。祖母は、これらの菓子をモロブタいっぱいに作った。

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ー 今日は何を作ってくれるかな。 
 できあがるのが楽しみだ。
「椿の葉を採ってきて」
 台所から祖母が言った。
「しめた、まんじゅうだ。何枚?」
「そうやな50枚くらいだな」
「よっしゃ」
 番傘をさして土砂降りのなかにでた。
 バリバリバリ
 雨は容赦なく傘をたたいている。
 前庭の椿の木から葉を1枚づつ採りはじめた。ところが虫に食われてあちこちに穴が開いている、まともな葉はないぐらいだ。
木の高さは2メートルほどもあるが50枚ともなるとかなり多い。
1枚づつ葉の表裏を確認しながら採っていて、ふと葉の裏に小さなカタツムリがいることに気付いた。体長は3ミリほどしかないが渦巻き状の殻がついている、角もちゃんと付いている。大人とまったく同じ形だ。雨粒より小さいカタツムリは葉の裏に避難して雨が止むのをジッと待っているのだ。
それにしてもどこから来たのかふしぎだった。3ミリほどしかない体で根元から上ってきたとは考えられない。葉の後ろに産み付けたタマゴから産まれたのであろうか。
「がんばれよ」
小さなカタツムリにエールを送って、その葉を残し、別のを慎重に表裏を確認しながら集めて行った。
 
 母が納屋から出てきた。
「散髪しようか」
 莚(ムシロ)を織っているとき、ぼくの髪が長くなっているのを、ふと思い出したようだ。
「えー、まだ早いよ」
「いいや、長い」
 母は、もうバリカンを取り出している。

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「ここへ座れ」
 否応なしだ。ぼくはしぶしぶ縁側に腰掛かけて散髪用エプロンにしているナイロンの風呂敷を首に巻いた。
 雨はどしゃ降りになっていた。いきおいよく地を叩(たた)く雨の跳(は)ね返りが3センチほども立っている。
母が左手でぼくの頭を押さえながら、右手に持ったバリカンを動かした。
ジョキジョキと快(こころよ)い音とともに、髪の毛が下に落ちていく。
「痛、痛い、痛いよ」
 強烈な痛みがぼくを襲った。バリカンの歯と歯の間に髪が挟(はさ)まったのだ。
「男だ、我慢しろ」
 母がバリカンを頭から離した。
「いたたた、髪を引き抜いているやないか」
「変だな、そんなはずはない」
「血がでているやろ、痛いよ」
「男だ、少々の血ぐらいで騒ぐな」
 母がバリカンに機械油をつけた。
「痛い、痛いよ」
 油をつけても効果は無い。
「もう少しだ、我慢しろ」
 母の手は容赦ない。
 散髪のときには鬼になる母だったが、できあがりは上出来だった。ぼくがもっとも嫌う虎刈(とらが)りにもならず、きれいな丸刈りに仕上がった。

 同級生のS君が散髪したときは、いつもスイカのような縞(しま)模様の残った頭で学校へ来ている。あちこちに出血の痕が残る無残な姿だ、あれだけは嫌(いや)だ。
― やれやれ、やっと終わった。
 と思ったぼくの気持ちが通じたのか、
「出来たで」
 台所にもうもうと立ちあがる湯気のなかから祖母の声が聞こえた。