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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

ハミ(マムシ)

 夏にはハミがでた。
 ぼくの村には人間に危害を加える動物のいない中で、ハミは唯一、生命を脅かす毒蛇なのだ。ただし、ハミに噛まれても病院に血清が完備されていることもあって、命を失うということは、ほとんどなかった。
「手当てさえ早ければ助かる」
「ハミに噛まれたら毒が心臓に回らないように、足なら足の付け根を、手なら腕の付け根をきつく縛って、できるだけ早く医院へ行くこと。家へ帰らなくてもいい、近くに大人がいれば誰でもいいから連れて行ってもらえ」
 学校でも教えていた。母も口癖のように言っていた。
 それでも、ハミに噛まれて生命を落とすこともある。
「近所のおじいさんが、夕方、風呂上がりの浴衣姿で鯉に餌をやろうとして池の縁に屈んだときハミに噛まれた」
 親戚の叔母が話してくれた。ところが噛まれた場所が睾丸だったので手の施しようもなく死亡してしまったという。叔母としては、
「池の縁のような水辺は特に気をつけよ」
 と言いたかったようだったが、
「そんなことない」
 ぼくは疑った。
「そのおじいさんは、脱腸(ヘルニア)のため睾丸が夏みかんほどの大きさになっていた」
 叔母が声を細めて言った。そのころ、大人の男性はパンツを佩かずにフンドシを着けていた。長さ1メートルほどの小幅(こはば)の白い綿布にひもを取り付けたものだった。ひもを、腰の後ろから前にまわして結び、股の下をくぐらせた綿布を前のひもに通しただけのものだった。当然、夏みかんほどにも大きくなった睾丸はフンドシの横からはみ出る。ハミも、大きな玉が突然、目の前に現れたのでびっくりしたに違いないが、噛まれたおじいさんは急所に直接毒が入ったため、それこそ「あっ」というまに亡くなったという。

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「ハミを見つけたら、必ず殺す」
 これも村人の鉄則となっていた。また、
「マミは、生命力が強いので徹底的に頭を潰してしまわないと生き返る」
 と教えられていた。
 殺したハミは竹に挟んで大川の石垣に突き立てて日干しにした。こうしないと生き返って人間に復讐すると言われていた。
 学校の登下校に利用する道路は大川の土手を通っている。
 竹の先端にぶら下がったハミの屍骸が、日毎に無残な姿となっていき、やがては、白い骨が見えてくる。気持ち悪い。ぼくは目をそむけ、できるだけ見ないようにして通りすぎた。

 ある日、近所のおじさんが、ハミを捕まえた。
 おじさんは、ハミの首を掴んで井戸水で洗い、そのまま一升瓶の中に入れて布で口をふさいだ。逃げることはできないが呼吸は出来るようにしたのだ。1升瓶の中には焼酎が入っている。
「焼酎が生きたままのハミからエキスを吸い取るのさ。梅酒と同じ原理だよ。焼酎のなかに入れた梅は、1か月もすると年寄の顔のようにしがんでいるだろ、あれが、エキス分を吸い取られた姿だ。ハミにとっては苦しいぞ」
 おじさんは、笑顔のまま残酷物語だと言った。
 ハミは、頭を瓶の入り口に付けてもだえ苦しみ、のたうちまわっている。それでも1週間は生きているという、それだけ生命力が強い。だから、人間も元気になるのだ。
 正しい作り方は、はじめから焼酎に漬けることをせず、水を入れた瓶に1週間ほど置いておくらしい、ハミの体内にある排泄物をださせるためだということだった。
「そんなことをしたらハミが弱る、元気なやつからエキスを摂るのが大切だ」
と、おじさんが豪語していた。おじさんにもこだわりがあるのだ。
 1年前に造ったというハミ酒を持ち出してきた。きれいなピンク色をしている。
 ところが瓶のなかのハミはすでにエキス分を取られて白い骨が現れていた。
「これを飲んだら、鼻血がでるほど精がつくぞ」
 おじさんが言った。
 ぼくは「ぞっ」とみぶる身震いし、
「絶対に飲まないぞ」
と心に決めた。

 中学2年の夏休みのときアルバイトにでた。
 谷間に防災提を作る仕事だった。
 毎日、暑い暑いとぼやきながら土方(どかた)仕事をしていた。
 そのとき、ガサガサという音に気付いて、そこを見るとマムシがいた。
「ハミだ」
 ヘビは音をださないがハミはネズミでも歩いているのかと思うほどの大きな音を出して移動する。
 ぼくの大声を聞いて駆けつけた男の人が、長靴でハミの頭を押さえつけて、あっという間に皮を剥(は)いだ。葱(ネギ)の外皮を剥(む)くように手際がよかった。真っ白になったハミの体を鎌で切り裂いて、親指ほどの大きさのタマゴのようなものを取り出した。淡いピンク色をして、ぴくっぴくっと動いていた。
「これが、ハミの心臓だ」
 と言うなり、ぺろりと飲み込んだ。噛まずにまる飲みだった。
「精力がつくぞ、こんどは、おまえ飲んでみろ」
 驚愕して声の出ないぼくは、あわてて頭(かぶり)を横に振った。