温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

甘粥

 同級生のお父さんが警察に捕まったという噂が流れた。
「納屋でドブロクを造っていたのがばれた」
 ということらしい。
 納屋の奥にドブロクを入れた甕(かめ)を隠していたが、醗酵の匂いを駐在所の巡査さんに嗅ぎつ付けられたのだ。
「屋内に隠すから見つかるんだ、裏山の竹やぶの中に小屋を作って隠すんだよ」
 K君が言った。
「ドブロクはどこの家でも造っている、見つかるほうが下手なんだ」
 と言う。
 ぼくの家でも、毎年12月になると甘粥を作っていた。
祖母は熱々のごはんをモロブタにひろげ、少し冷ましてから酵母菌をふりかけた。これをコタツのなかに入れて一定の温度を保っていると、3日ほどでごはん全体が白くなった。指でつまんで口に入れると甘(あま)い。酵母が繁殖したのだ。甕(かめ)の中におかゆと一緒に入れてさらに3日ほど置くと、甕(かめ)の中は、ブツブツと泡立ってきた。甘粥の出来上がりだ。これも明らかに醗酵であり、製造を禁止されているはずであったが、どこの家庭でも造っているようだった。これをさらに醗酵させると『ドブロク』になると思っていたが、酒にはならずに酸っぱくなった。
「ドブロクと甘粥は麹が違う。甘粥なら造ってもいい」
 母は言っていたが麹の量の問題で、麹をもう少し大量に作り、温度管理を徹底すればお酒になったに違いない。
 甘粥でも、たくさんた食べるとほんのりと顔が赤くなった。