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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

大寒

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 吹きすさぶ木枯らしに乗ってチリンチリンと鈴の音が近づいている。
 村にあるお寺のお坊さんが寒行を始めたのだ。早朝暗いうちに村中の家を回ってお祈りをしてくれる行だった。
「今何時」
 祖母に聞いた。
「3時過ぎだ」
 外は真っ暗だ、夜明けはまだまだ先だ。
「寒いだろうな」
「裸足に草鞋(わらじ)を履いて編み笠とマントだけだ」
 それが寒行だと祖母が言った。
 やがて我が家の前庭に立って念仏を唱えるお坊さんに合わせて祖母も仰臥したまま合掌唱和した。
 お坊さんは隣の家へ向かって階段を下りて行った。

「餅つきが近づいたな」
 祖母がポツリと言った。
 大寒の早朝に砂糖入りのカキモチとアラレを搗(つ)くのが我が家の恒例になっていて、カキモチとアラレはモロブタ5枚ほど造っていた。
 ちなみに、我が家では年末に正月雑煮用の丸もち、大寒のかき餅、4月の節句菱餅、祭りのあん餅の年4回を搗いた。

 炭火の上に載せたカキモチを箸でゆっくり伸ばしながら焼いていくと数倍の大きさになった。こうすると芯まで焼けるので何時間たってもセンベイのようにボリボリと食べることができた。ただしこれができるのは祖母だけで、僕が焼くと少しも大きくならずに柔らかくなるだけだった。
 
 お坊さんの寒行は2月3日の節分まで続いた。
 翌日、村の人たちは「白米1升」を持ってお寺へお礼に行った。