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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

裏山

小学6年を前にした春休み、大阪から伯母が来た。
 ぼろぼろになった家屋を見て、
疎開で来ていた頃より、もっとひどくなった」
 と言っていた。確かに家はぼろぼろだった。
 藁葺(わらぶき)の屋根は必要にせまられて4、5年ごとに葺き替えていたが、外壁はあちこち剥がれ落ちて中の骨組みの竹が見え、雨戸もいたるところに穴が開いていた。家の修理なんてとてもできる余裕がなかったのだ。
 大阪の伯母さん一家が来るというので、湯里村の伯母さんから客用布団を借りた。布団は大きくかさばるため汽車に乗るのははずかしい。ぼくと母の2人で背負って湯里村から歩いて幾つもの山を越え、半日がかりで帰って来た。
 現金を得るため裏山の木をすべて売った。裏山には雑木しかなかったから2万円にしかならなかったが、それでもぼくの家にとっては大金に違いない。
 裏山は、みごとにはげ坊主になった。(巻頭写真)
 ところが、その裏山は風化してぼろぼろに崩れやすくなった多くの岩が、木の根にささえられていたのだ。このとき、はげ山にしたため10年後には切株が枯れて、大きな岩が幾つも庭に落下し、危険な状態になった。