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温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

海水浴

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        絵・福光海岸(ヘビ島)
 夏休みに入ったというのに、毎日うっとうしい梅雨が続いている。
 夕方、西空が明かるくなったから、明日は晴れるぞ。と期待しても翌朝になると雨が降っている。
「このまま8月まで梅雨が続くのか」
 憂鬱な日が続いた。
 梅雨が明けないことには、学校から水泳の許可がでない。さらに、海で泳ぐことのできるのは7月末までだ。8月に入れば『クラゲ』や、『メラ』が増える。『メラ』は、体長5センチほどの『カマス』の幼魚に似た魚でありながら、『オコゼ』のように接触するだけで皮膚が毒に犯され、ひどく痛い。だから、8月になれば地元の人は誰も海水浴に行かない。
 それなのに梅雨が明けないのだ。
 毎日、「まだか、まだか」と梅雨明け発表を待っている。

 8月もあと数日というころになって、やっと梅雨が明けた。
「さー、海へ行くぞ」
 ぼくとМ君、Y君、それにI君の4人で泳ぎに行くことにした。
 朝早く、竹の皮に包んだオニギリとアルミの水筒、それに水中メガネと三角兵股(水着)を背負い籠にいれ、ヤスを担いだ。これで魚を突いて捕るのだ。
日本脳炎になるから、帽子をかぶって行けよ」
 祖母が麦わら帽子をぼくの頭にのせた。
帽子をきちっと被り直して、
「さあ出発だ」
 海までは、歩いて40分ほどかかる。
 早く泳ぎたいと逸る気持ちが、自然と足を速めている。

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       絵・福光海水浴場
 海水浴場では、すでに泳いでいる人がいる、だがそこは遠浅の砂浜なので、ただ泳ぐだけだ。
―あんなところで、なにが面白いのだろう。
 ぼくらのめざす岩場には貝も魚もいる、それらを捕ることが海水浴の楽しみなのだ。
「早く泳ぎたい」
 逸る気持ちを抑えて目的地へ急いだ。まだ、10分ほどかかる。
「着いたぞ」
 そこは、家が数戸しかない小さな漁村だ。湊は防波堤で囲われているから波もない。海底は浅い岩場となって貝や小さな魚が捕れる。
 両手をぐるぐると回転させ、足の屈伸を2、3回して準備運動をしたことにした。
「さあ、泳ぐぞ」
 水に足を突っ込んだとたん、
「ひゃー冷たい」
 ぼくは叫んでいた。日本海の水は夏でも冷たい。
 そろりそろりと下半身から水に入り、腰まで浸かったところで一気に潜った。
 あとは、冷たさを感じなくなる。水中メガネをつけて海中を見た。
 よく見える。
―よし、泳ぐぞ。
 思い切って顔を水中に入れるとメガネの隙間から水が浸入した。
 ぼくの顔は肉付きが悪いからどんなメガネを買ってもだめだ、あきらめるしかない。潜っては立ち上がってメガネ内の水を捨てる、この繰り返しだ。
 水泳が苦手だから、浅い岩場を伝いながら泳いで貝や魚を探していった。
 水中眼鏡を通してみる海底はきれいだ。岩の裏や割れ目の陰に隠れているサザエやアワビを探していく。浅い場所だから大きいのはいない、しかも、一日かかって捕れるのは4、5個だ。それでも、一所懸命になって探した。
泳ぎながら呼吸をすることができないから、息をするときは岩場に立たなければならない、立つことのできる場所を探したが、そこらあたりは、ウニがいたるところにいて5センチもありそうなトゲを、うようよと動かしている。うかつに足を着けようものならトげが刺さってしまいそうだ。
浮いている体が波に揺られてなかなかうまく着地できない。
「えい」
と思い切って岩場に足を着けたら親指にトゲが刺さった。
「痛たたた」
1ミリほどのまっ黒なトゲが親指の肉の中に潜り込んでいる。尿をかければトゲが腐って取れるということを思い出した。
 岩場の窪みに小便を溜めて、ウニの刺さった指を浸けた。
 効果まではわからない。生暖かい尿に浸しながら、「しないよりは、ましか」と思うこととした。

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   三角ヘコ(幼・小児用水着)

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   海水パンツ(小学校の高学年になると三角ヘコは着なくなった)

 昼の12時を知らせるサイレンが鳴った。さきほどから腹が「グーグー」なっている。
「弁当を食べようか」
 冷えきった体でガチガチと歯を鳴らしながら皆を呼んだ。
「うん、食べよう」
 М君が紫色に変わった唇をふるわせながら上がってきた。
「さあ、食べよう」
 海岸の高台へ上って、海を眺めながら弁当をひろげた。大きな三角のオニギリとタクアンが竹の皮に包んである。
表面をこんがり焼いたオニギリにかぶりついた。
「うまい」
 実にうまい。
「梅干の種を海に放るな、海の神さんが怒って荒れるぞ」
 山に向かって「ペッ」と種をはき捨てた。М君もY君も同じことをしている。
 水平線上に立ちあがる入道雲がきれいだ。
 高台へあがるのには、もうひとつの理由があった。「海へ行ったら津波に気をつけろ」と、祖母から教えられていたからだ。
「海の水が、スーッと沖へ引いて行ったら必ず津波がくる、そのときは不気味な海鳴りを伴って水平線が白くなる。すぐ山へ登れ、できるだけ高いところへ逃げよ」
海へ行くときには必ず、津波の話をした。明治時代の生まれだから実際に遭遇した経験があるのか、祖母の話には実感がこもっていた。
だから、ぼくの脳裏には海イコール津波の恐怖ということが刻み込まれている。
 海の中に白い帯が出ていた。幅は1メートルほどだが岸辺から沖へでている、離岸流だ。
「あれは、潮の流れだ。どんなに泳ぎ達者な大人でも、あの中に入ったら二度と抜け出ることができない、どんどん沖へ引っ張り込まれて命を落とすことになる。だから絶対に入ってはいけない」
 海へ行くというと、口癖のように注意する祖母を思い出した。
あるとき、足首ほどしか深さのない浜辺に白い帯がきていた。
祖母の言っていることを思い出して帯の中に立った。その日は、ほとんど波がなかったにもかかわらず、足の下の砂が抉(えぐ)り取られ、足首は強い力で沖へ引っ張られた。祖母の言っていたことは本当だった。

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 一艘(そう)の漁船が「ポンポンポン」と歯切れのいい音を残して沖に出た。竹筒のように細長い煙突から、真っ黒な煙がドウナツ状の輪になって飛び出している。最近ではじめた「焼き玉エンジン」搭載の舟だった。
 
 午前中の獲物は小さなサザエ3個だけだ。午後には魚を捕るぞ。
 ヤスを持って、岩場の下を探しまわった、ヤスにも突き刺さらないような小さな魚がたくさんいる。
― 居た。
 岩場の陰でガシラ(かさご)が大きな口を開けて、じっとしている。ぼくを見つけても動かない。
「なぜだ」
 口は、ぽかーんと開けたままだ、どうなっているんだ、ヤスを口元まで持っていっても動かない。ちょこんとつついてみた。
 ガシラは、すばやく体をかわして、すぐ近くの岩場で止まった。
 いちど顔を上げて呼吸をしてから、ふたたび潜ると、まだいる。
―あほにしてるぜ。
 ぼくの持っているヤスは三本鉾だ、逃がすものか。
 ヤスのゴムを思いきり伸ばして、ガシラの口先を狙った。まだ、じっとしている。
満を持してヤスを発射させた。
 ぱっと逃げるガシラの横ばらをみごとに突いていた。体長10センチほどの小さなやつだった。
「いっちょうあがり」
 魚の付いたヤスを高々と上げた。

 近くで都会から来たらしい青年の男女が4人で遊んでいた。
 1人がヤスに突き刺したウニを持って海から上がってきた。ヤスとナイフを使ってウニを割り、右手の親指と人差指で中の黄色い物をつまみだしてた食べた。
「ウニを割って、中の脳ミソを食べている」
 ウニの美味さを知らないぼくらは、気味わる悪そうに見ているだけだった。

 夕方、疲れきった身体をひきずるように家へ向かった。
 家までの3キロの道がとてつもなく遠い。
 その夜は、風呂に入る元気もない。晩ごはんが終ると同時にバタンキュウ、塩のふきでた体のまま、朝までぐっすり寝た。
 今になって考えるとふしぎに思うのだが、当時は、塩のふきでた体で寝ても気持ち悪いと思ったこともないし、ふとんが汚れると叱られたこともなかった。