読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

アイスキャンデー

f:id:hidechan3659:20160913121332j:plain

「チリンチリン」と鉦(かね)の音が遠くから聞こえてくる。
「キャンデー買って来ないか」
納屋で莚(むしろ)を織っていた母が、体に付いた藁(わら)くずを払い除けながら出て来た。
「よっしゃ」
 自転車の荷台にキャンデーの入った箱を積んだおじさんは、家から50メートルほど離れた大道をゆっくりと通りすぎていく。
 もう、村外れまで行っている。
「あれでは、自転車のない人は、欲しくても買えないよ」
 ぼやきながら自転車でキャンデー売りのおじさんを追いかけた。
 1本5円のアイスキャンデー2本を買って一目散に帰った。
 母もぼくも、あずき入りのアイスキャンデーが好きだった。
「アイスキャンデーを買おうか」
 と言うのは、いつも母からだった。ぼくが「買ってくれ」と言えば「だめ」と言う。
「いいよ」とは、いちども言ったことがない。アイスキャンデーを買うか、買わないかの基準は、母が食べたいか否かによった。

 盆には、叔母さんらが里帰りしてくる。
「温泉津へ行って氷を買ってきてよ」
 叔母さんが500円を出してくれた。漁業の町温泉津には製氷所がある。
「よっしゃ」
 ぼくが自転車で温泉津へ行く。
 製氷所で、1貫目(3・75キログラム)の塊を荒縄で括ってくれた。
 クーラーボックスのない時代だったから帰りが大変だ。
 片手で氷を持ち、片手で自転車を操作して峠を越えなければならない。
 もたもたしていたら真夏の太陽に照りつけられて、氷が溶けてしまうのだ。
 普段は、自転車を押して上る峠道を、必死に乗ったまま上りきり、へとへとに疲れて家に帰り着いた。
 待ちに待った叔母さんらが、ずいぶん小さくなっている氷を、錐(キリ)でかち割りにした。そして砂糖をまぶして食べた。
 盆だけの贅沢だった。