温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

陸蒸気(おかじょうき)

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 8月16日、江川(ごうがわ)の花火大会がある。
江津駅に降りると、すでに駅前は群集で埋まっていた、どこから来たのだろうかと思うほどの人出だ。
 国道は花火見物の雑踏で歩くのもままならない、ただ、人の流れに乗って会場になる江川へ向かった。

 日暮を待ちきれないように、わずかに昼の明るさが残るなか、灯篭流しが始まった。上流で放たれた淡い灯がゆっくりと江川いっぱいに広がりながら河口へ流れていく。
年寄が流れ行く精霊に、両手を合わせて念仏を唱えている。
― そうだ、花火大会は先祖さまを慰める行事なのだ。と、気づいた。

「シュルシュルシュル」
「打ち上げだ」
 いっせいに夜空を見上げた。パッと大輪の花火が真っ暗な空を彩った。
「おー」
 歓声をあげた。
 次から次へと打ち上げられる花火は、ぼくらの真上で破裂する。香ばしい火薬の匂いと灰が頭上から落下してくる。
「ドーン」
 腹に響く音が心地よい。
 ひとしきり続いた打ち上げが止まった。次の花火を用意しているらしい。
 目の中に焼きついた花火の余韻にひたりながら次の打ち上げを待つ。
「ドーン」
 また始まった。
「うわー」
 観客がどよめいた。

 ぼくらを堪能させてくれた花火も、仕掛け花火を最後に終了した。
 川の周辺を埋め尽くしていた群集が駅に向かって歩いている。
 だれもが無口で、ぞろぞろと歩いて行く。足音だけがいやに大きく響いていた。
 数千人が駅へ向かっている。帰りの汽車はぎゅうぎゅうのすし詰めになるだろう。
「乗れるだろうか」
 心配になってきた。
 
 ある年のことだった。
「汽車が動きませんから降りてください」
 駅員が、ホームから窓越しに呼びかけていた。満員の車内にせっかく乗り込んだのだ、いまさら降りるものか、ぼくらは黙って立っていた。
「重すぎて汽車が動きません、すぐ後に臨時列車が出ますから」
 駅員が、必死になって乗客を降ろそうとしている。
 結局、ぼくらも降ろされた。
 
 まもなく小さな蒸気機関車に引かれた列車が入ってきた。細く長い煙突をもつ旧式の機関車だった。煙突の上部には火の粉が飛び散らないようダイヤモンドヘッドが付いている。
三江線で木材を運んでいる機関車だ」
 近くに立っている男の人が言った。江津から山奥の粕淵まで通じている三江線山陰本線の支線だ。
 教科書でみたことのある陸蒸気(おかじょうき)みたいなしろものだった。しかも、後ろ向きに連結している。後進のまま走るのだろうか。
「後進の方が力が強いからだ」
 誰が聞いたわけでもないのに、横に立っている兄さんが説明してくれた。
 それにしても心もとない。
「大丈夫かいな、あんな機関車で」
これでは、いつ家に帰り着くか分からない、僕はへこんだ。
「ポー」
甲高い汽笛一声、こころもとない陸蒸気は、健気に動き出した。
普段から訊(き)きなれている「ボー」という力強い音とは、明らかに違うか細い音だ。
「あれ、動いたよ」
 近くに立っていた幼児が、とっぴょうしもない声をあげた。
「ほんとだ、動いている」
 ぼくらも声をそろえて笑っていた。
「これで、家に帰ることができる」
 安堵の笑いだった。