温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

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 僕らの集落は戸数の多くが石材業に関係していたから、7月13日及び8月13日の盆に当たる日は商売が一番忙しい時期だ。したがって、8月31日の夜から9月3日が盆と決められていた。
 9月1日と2日の夜に盆踊りがある。新しいユカタと新品の下駄で踊るのだ。ただし、ユカタは数年ごと、下駄は一般的な桐材ではなくずっしりと重い松材だった。

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 1日の夜は、楞厳寺(りょうごんじ)で盆会が行われる。日暮れとともに始まったお経は延々と夜中まで続く。それが終わってから盆おどりが始まるので、子供たちはそれまで待っていなければならない。「まだか、まだか」と、お経が終わるのを待っているが、この待ち時間が子供たちの楽しい時間でもある。グループをつくり、暗い川原の土手に座り込んで年長者が怪談を話す。グループは小学生から中学生までいる。
 怪談は、中学生のころのぼくが得意としたところだ。
牡丹灯篭」「四谷怪談」「耳なし法市」あげくのは果ては即席の怪談と続く。いずれも、中学校のk先生が一時限の授業を放りだして話してくれた怪談だ。教科の授業は頭に残らないが、怪談はいちど聞いただけで、いつまでも鮮明に残る。
 初めは静かに声を落として話を進める。徐々にぼく自身も恐怖心に包まれ鳥肌が立ってきた。声が震えてくる。皆がシーンとして話に引き込まれているのを見透かして、突然「わっ」と大きな声で皆を驚かした。
「どっ」と悲鳴があがる。 
「怪談が上手だそうだねえ、うちの子が言っていたよ。おかげで、夜、便所へひとりで行けなくなったよ」
 近所のおばさんが言った。誉められているのか苦情なのか判断のつかない言い方だったが、おばさんの顔を見ると『うちの子と遊んでくれてありがとう』と言っているらしかった。
 夜中の12時ちかくになって、お経が終わると、待ちに待った踊りが始まり夜が明けるまで続いた。
 ハイライトは仮装大会だ。
「仮装に出るか」
 母に言われて、
「よっしゃ」
と、安請(やすう)けしたのが小学1年のときだった。なにに変装するのかは分らない、すべて母まかせだった。母によってつくられたのは、絣(かすり)の着物に赤色のオコシを少しだした大原女だった。手拭を姉さん被りにして、顔を隠すように下をむいて踊りの輪に入った。
「誰や、誰や」
 皆が顔を覗きにくる。
― 見せるものか。
 顔を背(そむ)けて、見破られないよう下を向きながら踊った。次ぎ次ぎに顔を覗きに来る。
 たちまち見破られてしまった。
 仮装大会にでると皆の注目をあびる、これが好きだった。中学生まで虚無僧や鬼の変装をした。
 賞金は、いつも母に取り上げられた。母は当たり前のように取り上げた。
 
 ある年のことだった。踊っている最中にトイレへ行きたくなった。小便なら周辺の田んぼで済ませばいい。だが、あいにく大便なのだ。家へ帰るしかない。ひとりで帰るのは怖いがしかたない。
 寺から集落までは田んぼ道を100メートルほども行かなければならない。その間は街頭もない。悪いことにその日は闇夜だ。
 ぼくは意を決して家へ向かった。目の前は真っ暗だが、道はまっすぐなのでどうにか歩ける。
 寺の賑やかさがだんだんと遠のいていくほどに、後方を誰かがついてくるように感じた。ぼくの足音にぴたりと合わせて、ひたひたとついてくる。
 後方を振り返り、振り返り歩いていた。そのとき、まったく突然に誰れかとぶつかった。
「はっ」と前を見たら白いゆかたを着た女の人が立っていた。瞬間、幽霊に見えた。
「どきっ」と肝をつぶした。
 ぼくは失禁していた。今まで我慢していた大、小便がいっきに垂れ流しになった。
「びっくりしたなー」
 近所の姉さんだった。
 姉さんもびっくりしていたようだ、声もださず呆然としていた。
 ぼくの体から発散する強烈な臭いを嗅ぎ付けられないよう、あわててその場を離れた。
 パンツの中が、どさっと重い。気持ち悪くて歩けない。両足を精一杯広げて、両股をつけないで歩こうとしたが、なんとも歩きにくい。
―えい、ままよ。
 闇夜をいいことに、土手の端にかがんで残りの便を放出した。
 星空の中を流れ星が奔(はし)った。次から次へと流れている。70年に一度という流星群が地球に接近していると先生が言っていたのを思いだした。
 汚れたパンツで尻をふいて川に捨てた。ユカタの下はノーパンだ、心地よい風が股の下を通りすぎた。
 これで、家へ帰る必要がなくなった。
 寺へ引き返して踊りの輪にはいった。

 数日後のことだった。
「パンツが1枚足らん、おかしい」
 母が洗濯物を干しながらつぶやいていた。
 ぼくは、聞えないふりをして、知らぬ存ぜぬを決め込んだ。