読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

ラジオ

f:id:hidechan3659:20160913141930j:plain

 母の弟にあたる叔父さんが中古のラジオを持ってきてくれた。戦前の真空管ラジオだ。
 ぼくの家の電気は、定量契約で電灯一灯しか許されていなかったからラジオを聞いてはいけない。
 だから、夜のみ納戸で音をできるだけ小さくして外に漏れないよう細心の注意を払いながら聞いた。
 感度が悪いので選局がむずかしい。ダイヤルを少しずつ回して電波を捉(とら)えようとするが「ガーガーピーピー」と雑音ばかりが耳につく。やっと捉らええたと思ったら朝鮮語だった。なにを言っているのかさっぱり分からない。鮮明に聞こえるのは朝鮮語の放送ばかりだ。日本の放送はなかなかでてこない。長い時間かかってやっとキャッチした日本の放送は雑音混じりだ。外にアンテナを張ることができないからそれもしかたない。それでもラジオにかじりついて聞いていた。
 しかし、それも永くは続かなかった。近所の誰かが通報したらしく、電力会社の駐在所から調査に来て見つかってしまい、2万5000円ほどの罰金(追徴金)を取られた。当時、女の人が土方仕事にでて受け取る日当が250円だったから、その100倍だ。わが家にとっては、とてつもない大金だった。これも祖母の得意とする泣き落とし戦法で負けてもらった額だ。
法に違う者を見つければ、たとえ隣人であっても当局に通報するという風潮が残っていたのだ。
 このことがあってから、ついに、従量契約に切りかえることにした。
 家に、電気のメーターがつき、各部屋ごとに電灯がついた。風呂も、便所にも電灯がつき、明るい近代的な家となった。
 ラジオも誰にはばかることなく大きな音を出して聞くことができるようになった。
 さっそく兄が新しいラジオを買ってきた。スイッチを入れるときれいな緑色の電気が点いた、はじめてみる電気の色だ。
 その夜から、日暮れとともに布団に入って寝ながらラジオを聞くのが日課になった。
 当時、夜明けとともに起床し、日暮れとともに寝るというのが生活習慣だったから、夏の朝は5時に起きていたし、冬の夜は、6時には寝ていたのだ。
夢うつつに聞く浪曲、特に、ギターを取り入れた双葉百合子の歌謡浪曲が最高によかった。