温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

予感(2)

祖母と2人で親戚からの帰り道を、駅から歩いて家へ向かっていた。その日は、目の前に突きだした自分の手が見えないほどの闇夜だったから、親戚で借りた提灯を灯していた。
 田んぼの、向こうの山裾に点在する民家の灯から、ぼくらの現在地を知ることはできるが歩行の足しにはならない。
 ぼくたちのはるか前方を誰かが歩いているらしく懐中電灯がゆれていたが、その光はひどくゆっくりとした動きだった。
たちまち、その灯に追いついた。そこには腰のまがったお坊さんが歩いていた。
祖母があいさつをして追い抜いた。お坊さんは上村のお寺へ行く途中だったのだ。ぼくの家からでも、さらに30分も山奥に行かなければならない。
「もう、90歳を越えているのに元気だな」
 祖母がぼくに言った。
 お坊さんの灯は、たちまち後ろへ遅れて行った。
 前方から小さな点のような赤い火が、ゆれながらこちらへ向かって来る。何だろうと思っていたら1人の男がタバコを吸いながらすれちがっていった。真っ暗闇の中を懐中電灯も提灯も持たないで、「よく歩けるものだ」と感心した。
 家に帰り着いたぼくは、そのお坊さんが気になってきた。いつまでたっても、その灯が見えない。
「変だな、おかしいな」
 ぼくは、村の入口になる大道を、じっと見ていた。
「そんなに気になるなら、見てきたらどうや」
 祖母に言われ、自転車でお坊さんを探しに行ったが、お坊さんは見つからなかった。
 
 翌日、店へ買い物に行った祖母が、お坊さんのことを聞いてきた。
 ぼくたちと別れたすぐ後にすれちがった男が、
「お坊さん、こんな夜にたいへんですね、私が懐中電灯を持っていてあげるから、着物の裾を上げたらどうですか」
 親切に言ってくれるから懐中電灯を男にあずけて、着物の裾を上げようとしたとき、突然、男が懐中電灯を奪って逃げたということであった。お坊さんは、しかたなく、村の中ほどにある店まで手探りで歩いたそうだ。店で提灯を借りて上村のお寺へ向かって行かれたということだった。
「おまえの心配は当たっていたなー」
 祖母が感心していた。