温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

消防団視閲式

消防団入場」
 朝顔のような形をした拡声器から流れる行進曲『軍艦マーチ』にのって、町内各地区の消防分団が入場してきた。分団旗を先頭にゴム長靴の団員が精一杯張りきって歩き、中央の壇上に立つ消防団長(町長)に敬礼して通りすぎて行く。
 ぼくの地区、市分団の入場はまだだ。

「まいえー(前へ)」
 入場門からすさまじい号令が聞えてきた。見物人がいっせいに声の方を注目している。
 先頭に立つ分団長の号令だった。市分団の入場だ。黒のゴム長靴(ながぐつ)を履いて、ぞろぞろ、もたもたと行進している団員とは歩き方から違っている。ぴかぴかに磨いた茶色い革の長靴(ちょうか)と真っ白な手袋が際立っている。きびきびと動く姿も颯爽としていた。分団長は、ぼくの家のすぐ近所で優しいおじさんだ。普段の姿からは想像もつかない豹変ぶりだった。
 それにしても、分団長が右手に持っている竹の棒は何だ。7、80センチほどの長さで節が密集している竹の根だ。学校のT先生がいつも持っていて、宿題を忘れたときに頭を叩かれたものと同じだ。柔らかい竹の根は頭にそって湾曲し、節が3つも、4つも頭にくいこむ、涙がでてしまうほどの痛さが襲ってくる。まさか、分団長は、あれで団員の尻でも叩くつもりではないだろうか。
「かしらー(頭)みぎ」
 広い校庭を睥睨するすさまじい号令に鳥肌が立った。周りの人も言葉を失ない、あ然としている。
消防団長どのに敬礼」
 分団長が右肩に立てていた竹の棒を顔の前に立てた。そして、右横ななめ下へ向けて構えた。
 軍刀だ、映画で見たことがある。
 軍隊の分列行進で、陸軍仕官が軍刀の鞘をはらい、姿勢を正して号令をかける姿だ。
 分団長も陸軍軍曹だった。
 あの竹の棒は、軍刀の代わりにしていたのだ。
 
 まさに、戦時からタイムスリップして出現した大日本帝国陸軍軍曹の勇姿だった。