当時、空気銃は銃刀法の規制から外(はず)れていた。だから、だれでも自由に持ち歩くことができた。
正月で帰省中の次兄が同級生から空気銃を借りてきた。中折式の4・5ミリ銃だということだった。
ぼくにも貸してくれた。
ずっしりと重い銃を持つと自分が強くなったように思われてくる。
さっそく周辺を歩いて鳥を探した。ところが、村の中にはスズメ一羽いない、どうしたのだろうか、危険を察知して山の中に逃げたのだろうか。トンビやカラスは、玉のとどくような場所にはいない。あちこち歩きまわった。
納屋の裏にまわると一羽のヒヨドリが山際に立つ大きな栴檀(せんだん)の木の先頂に止まっていた。夢中になって実を食べている。
空飛ぶ円盤のような形をした鉛玉(鼓弾)を装てんし、教えられたとおりに照準を合わせ、そーっと引き金を引いた。
プスッ
心地よい音とともにわずかな振動が両手に伝わってきた。
ヒヨドリが飛び上がった。
― 外れた。
と思うのと同時だった。1メートルほど飛んだところで真っ逆さまに落ちてきた、命中だ。
― やったぜ、皆にみせびらかしてやろう。
勇んで拾いに行った。
ヒヨドリは、センダンの実をくちばしに挟(はさ)んだまま絶命していた。くちばしの奥から血が流れている。血を見た瞬間、かわいそうになり、その場で土中に埋めてやった。撃ったことを後悔した。
以後、鳥を標的にするのをやめ、納屋の裏に立っている杉の木に的(まと)をつくった。
自分でもふしぎなほど命中した。
「ぼくには才能がある。戦場へ行っていたなら狙撃兵になっていたかも…・」
と密かに悦に入っていた。
大川の土手に野良犬がいた。
「しめた」
ぼくは土手の上に建っている小屋の横に隠れて銃を構えた。
左手、遠くからY君らが追ってくる。
犬は、まだ気持ちに余裕があるらしく、小走りでこちらへ向かってくる。
どきどきする胸の高鳴りを、犬に感づかれないよう息をころして待った。
犬が銃の前を通りすぎようとした瞬間、満を持して引き金(がね)をひいた。
「キャン」
至近距離から放った空気銃の弾は、犬の横腹に命中した。
野良犬は、一声叫んだだけで走り去った。
怪我をしたようすもなかった。
正月もすぎ、次兄も東京へ帰る日が近づいてきた。
湊地区へ遊びに行っていた次兄が「空気銃の持ち主(同級生)が行方不明になっている」と言った。空気銃を持って家を出たまま2日ほど帰って来ないということだった。
「もう、りっぱな大人だ、2日や3日帰らなくても心配はいらん」
心配する同級生の母親に言ったものの、「どうしたんだろうか」不安は拭い様がない。
次兄も捜索に加わっている。
数日後、海岸で全裸の水死体が発見された。行方不明になっていた友だった。海岸づたいに岩場をたどって西に50メートルほど行くと、大きな洞窟がある。そこへ鳥を撃ちに行って足をすべらせたのだろうということになった。
「あいつは泳ぎが得意なんだがな…」
次兄も納得のいかない顔をしていた。
発見されたとき全裸だったという。冬だから防寒衣を着ていた、ズボンもベルトをしめていた、それを、荒波は1枚ずつ剥ぎとっていったのだろうか、ぼくには理解できなかった。
空気銃も無くなった。
親友を失った次兄の落胆は大きく、葬儀が終わった翌日、悄然として東京へ出発した。