温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

バタコー

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 昭和35年(1960)ごろ、青年の間でバタコーが流行した。
 自転車の後輪に小型のツーサイクルエンジンを取り付けたものだった。

 普段自分が乗っている自転車にも簡単に取り付けることができた。

バイスクール」という名で売っていたがバタバタと音をだして走っていたことから、青年たちは愛情をこめて「バタバタ」とか「バタコー」と呼んでいた。
 現在市中を走っている電動アシスト自転車とは違い、ガソリンエンジンを動力としていた。
 上り坂にかかるとエンジンだけでは力が足りないので、自転車のペダルを踏んで補った。
 舗装されていない地道を、自転車が青い煙を発しながら走る姿はまさに疾走であった。それだけに安定も悪い。
「川へ飛び込んだ」
「橋から落ちた」
 という話をよく聞いた。
 親戚の兄さんが江津で買ったバタコーに乗って家に帰る途中、運転を誤って江川に落ちた。そこは道から川まで10メートルほどもある崖になっている場所だった。
 買ったばかりのバタコーを落とすわけにいかない。両手で木を掴み両足首にバタコーをひっかけて助けてもらうまで頑張りとおした。

 そのころは飲酒運転を禁止されていなかったから、バタバタを持っている青年は「酔っぱらって運転したら道が狭いぞ」とか「朝までバタコーと一緒に河原寝ていた」とおもしろおかしく話していた。

 バタバタは青年に人気があった。