温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

火の玉

 昭和36年の夏は、ひどい日照りがつづいた。6月の梅雨もほとんど降らず、そのまま盛夏に突入してしまったのだ。
 田んぼの稲にとって花を付ける時期は特に水の必要なときなのだが、大川も干上がってしまったので川底に大きな井戸を掘って水をくみ上げていた。そのため村の田んぼに入れる水も当番がついて時間割で入れなければならなくなった。
 その夜、ぼくは、近所の人たちと水当番にでていた。あぜ道に座り込んで大人達の雑談を聞いていたとき、200メートルほど離れた山裾の墓地から、一瞬、ぼーっと青白い光りが弱く上がった。球にはなっていない。
「きつね火」というべきであろう、明らかに黄燐が燃える火だった。
 ぼくが、火の玉を見たのは、これが2回目だった。
 1回目は小学生のころだった。
 秋の取り入れを終えて家の前まで帰り着いたとき、薄暮の中、裏山の中腹を東から西へ、すーっと流れて行った。輝きのない燈色をしたソフトボールを少し大きくしたような球だった。
「あっ、火の玉だ」ぼくの指差す方向に長兄が目を向けたときには、すでに消えていた。みごとに丸い球だった。
 
 火の玉は人魂ともいう。人間が死ぬと魂が火の玉となって身体から離れるといわれていた。
 祖母は若いとき、夕闇せまった村の中を、ふわふわ飛んでいる火の玉を見たという。
 その火の玉は、多くの村人に姿をさらけだして飛びまわり、やがて、一軒の家の中へ消えた。 
 そのとき、その家のおじいさんが息を引き取ったところだった。
 
 ぼくの見た火の玉は、何も起こさなかった。