温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

寄合(よりあい)

午後7時を過ぎているのに祖母は家の中にいる。 「おばあちゃん、もう7時を過ぎとるで、今夜は寄合だろ」 寄合と言っている集落の会合場所は集落の外れ近くにある寺だ、祖母の足では10分はかかる。 「そんなに、待ってましたというように早く行くものでは…

大阪

中学1年の夏休みに大阪の叔母の家へ遊びに行った。 夏休みが始まるとすぐに従兄が遊びに来て、8月14日までを僕の家で遊び、後半を大阪へ行くことにした。 8月14日早朝、すっかり夜は明けていた。田舎の朝は早い。近所のおばさんが、もう田んぼに入っ…

高校2年のときだった。朝、教室は重苦しい雰囲気に包まれていた。あちらこちらで集まって小声で話している。 「どうしたんや」。 「Yが死んだ」 「Y君か、どうして」 「自殺らしい」 一番前の列にある自殺した彼の席は空いていた。 同じ中学出身のO君も事…

青酸カリ

もう50数年前の話になる。 当時僕は工業高校の工業化学科3年だった。 ある日、担任が神妙な面持ちで教室に入ると「皆、よく聞いてほしい」 いつもニコニコして愛想のいい先生だから皆が親しみを持っている担任だった。こんな神妙な顔を見るのは初めてだっ…

映画

「今晩映画に行くから昼寝しときや」 野良仕事に出かける母が言った。 「やったー」 僕は飛び上がって喜んだ、4歳の頃の思い出だから昭和23年頃のことだ。 当時、村に映画館は無く、年に数回公会堂(芝居小屋)に巡回映画が来ていた。 さっそく枕を出して…

炬燵(コタツ)

堀コタツ ねここたつ 湯たんぽ こたつやぐら 中学2年の11月、朝から冷たい雨が降っていた。 祖母と母は近所へ葬式の手伝いに行って、家には長兄と僕だけが座敷に寝転んで本を読んでいた。日曜日というのに雨だから外では遊べない。 「寒い」と思ったがま…

七輪(シチリン)

かき餅 外はみぞれ交じりの雨が降っている。 せっかくの日曜日だというのに外で遊べない、近所の友達も家から出てこない。長兄や次兄はどこかへ行っている。 「退屈だなー」 僕はこたつの中から外を眺めているだけだ。 「勉強しいや」 祖母は言うが僕にその…

焙烙(ほうろく)

秋になると集落の中ほどにある大きな椎(シイ)の木の実が落ちていた。 服のポケット一杯になるほど拾って持ち帰ると、祖母が焙烙鍋で炒ってくれた。小さいが香ばしくて美味い実だった。 焙烙とは分厚い素焼きの土鍋である。油を使わないからゴマや大豆など…

ふるさと

うさぎ追いし かの山 こぶな釣りし かの川 ゆめは今も めぐりて わすれがたき ふるさと 童謡・ふるさと

わが家

写真・わが家(昭和35年3月撮影) 今は昔、思い起こすと60数年前の話になる。 昭和19年(1944)5月、島根県の静かな山村にぼくは生まれた。 海岸近くを走っている山陰本線の石見福光駅から東へ、山に向かって2キロメートル、歩いて30分ばかり…

電灯

絵・白熱電球 家に電燈は1灯しかなかった。上(かみ)の座敷に40ワットの裸電球が長いコードを付けてぶら下がっていた。 食事のときには台所へ、寝るときには納戸へと、コードを伸ばし移動して、その部屋の天井に取り付けたフックに掛ける。 電灯を上の座敷…

納屋

絵・唐臼(からうす) 屋敷の東側に納屋がある。ある日、父が牛を買ってきて、みかんの木に繋(つな)いでおいてから3日間で建てたというものだ。 それでも、奥行き2間、横3間の2階建てであった。 建材は裏山の桧(ひのき)で藁葺(わらぶ)き屋根だった。壁は…

風呂と便所

ぼくがまだ5、6歳のころ、大工をしている湯里の伯父さんが風呂と便所を建ててくれた。 それまでの風呂がどのようなものだったのかは記憶にないが、便所は深い大きな穴に2枚の厚板を渡しただけのものだったから、「子供が便所に落ちたらかわいそう」 と、…

井戸

前庭にある井戸は、昭和13年の大干ばつで飲み水にも困ったときに掘ったものだった。 水面までの深さは7,8メートルほどだったが、幸い山の水脈に通じていたからいつも一定の水量を保っていた。 水は物干し竿のような長い竹に取り付けた釣瓶で汲み上げて…

果物

屋敷の中に太さが両手で一抱(ひとかか)えもある柿木が2本、これには西条柿が鈴なりに実った。 高さは15メートルほどもあったので、長い竹の先端を山形に削って少しだけ二つに割り、柿の付いた枝を挟んで折り取った。それでも頂の方を採るためにはハシゴを…

「猫の額(ひたい)」という言葉がぴったり当てはまるほど村は狭い。 平地は田んぼを優先していたから、畑は必然的に僻地に押しやられる。 だから、耕せる場所はどんな所でも畑地とした感があった。 村内に残っていた城跡や屋敷跡、濠跡などはそのほとんどが畑…

家族

祖母と母、それに長兄と次兄そしてぼくの5人家族だ。 長兄と次兄の年齢差は2年、次兄とぼくとは4年ある。 長兄の性格は、おっとりしておとなしい。 跡取りがなかなかできなかったことから、祖母がお大師さまに願(がん)をかけたら彼岸(ひがん)の日に生まれ…

新緑のころ

食生活

3反の田んぼと少しばかりの畑があったから、自給自足で家族5人が食べていくうえでの不自由はまったくなかった。 「都会ではおかゆやすいとんしか食べるものがない、皆が腹を空(す)かしている。百姓は食うものに困ることはない、百姓でなければだめだ」 祖…

おばあちゃん

いつもにこにこと微笑を浮かべていたが大きな声をたてて笑うことはなく、ぼくの記憶の中におばあちゃんの高笑いは聞いたことがなかった。「他人の物を盗ってはいけない、もしそのようなことをしたら、そこの石段を上がらせない」 縁側で夕涼みしながら、屋敷…

昭和19年7月、生後60日の僕を残して父は出征した。 「お母さん、この子を頼みますよ」 村中の人が見送りに来ている面前で、屋敷の階段を下の道まで下りては上って祖母に頼んだ。7回も上り下りを繰り返した。「村のみなさんが見送りにきてくださってい…

鶏(ニワトリ)

絵・名古屋コーチン 絵・レグホン 「ヒヨコが生まれたよ」 母の声に布団から飛び起きて上がり框(かまち)に走った。 土間に藁(わら)を敷いて設えた臨時の寝床にニワトリが座(すわ)っている。「コッコッコ」と呼びかける声がとても優しい。「ピヨピヨ」と声ha…

軍鶏(シャモ)

「隣の家へ、これを持って行って」 母が回覧板を、ぼくに渡そうとした。「いやや」 即座(そくざ)に拒否した。その家にはシャモという恐いニワトリがいるのだ。小さな子供と見れば攻撃してくる。一羽しかいないが普通のニワトリより首が極端(きょくたん)に長…

木炭自動車(もくたんじどうしゃ)

絵・木炭自動車 「グオーン、グオーン」 聞きなれない音が聞えてきた。 100メートルほど先の大道(県道)に止まっているバスの後部で、男の人が何かを回転させていた。真っ黒な煙がもうもうと立ち上っている。木炭自動車だった。 太平洋戦争の影響で手に…

爆撃機と戦闘機

家を揺るがし吹き荒れていた木枯らしがピタリと止んだとき、上空を通過する飛行機の音が不気味に響いてきた。プロペラ機特有の低い音だ。「アメリカ軍の編隊だ、朝鮮へ爆弾を落としに行くんだな」 長兄が言った。 当時は昭和25年に勃発した朝鮮戦争の真っ…

肥料(こやし)

朝から粉雪が降っている寒い朝だった。 近くで大きな話し声が聞えている。静かな村のことであり、ほとんど聞くことのない大声だ。―なんだろう。 ぼくは石段を下りて屋敷前の道に出た。 100メートルほど下(しも)の道端で5、6人が電柱を交換していた。 …

灸(やいと)

6歳のとき、М君とY君が三輪車を買ってもらった。いつも3人で遊んでいるのに自分だけ三輪車がない。「買ってくれ」と母の後をつけまわし泣きわめいた。最初は黙っていたが、あまりのしつこさに堪忍袋の緒が切れた母は、うつ伏せにしたぼくの背に馬乗りにな…

春の小川

春の小川はさらさら流る 岸のすみれやれんげの花に においめでたく色うつくしく 咲けよ咲けよとささやくごとく 童謡・春の小川

小学校

高学年用 低学年用 昭和26年(1951)4月、福波村立福波東小学校に入学した。 全校生徒280名、新入生は男児が18名、女児が25名だった。 校舎は明治時代建築の木造平屋建てで、講堂は昭和の初めに講堂兼体育館として建てられていた。 1年から5…

学生服

絵・冬の登校 小学校には制服がなかった。 女の子は私服を着ていたが男の子はほとんどが学生服だった。そのころは戦後で物資の乏しい時代だったから学校に限らず家でも来ていたのでぼろぼろの服になっていた。上着の肘とズボンの膝、それに尻にもお猿さんの…

履物(はきもの)

絵・わら草履 絵・布草履 小学校の上履(うわば)きは藁(わら)草履(ぞうり)だった。 女の子は赤い布、男の子は青い布を織り込んで、それぞれが工夫した草履だった。 ぼくのは、祖母が藁の間に青い布きれをはさんで、きれいに作ってくれた。 祖母は、ときどき筍…

教科書

教科書は有料だった。新学期がはじまる前、学校へ売りにきた。でも買うのは、いつも1冊か2冊だけだった、あとは古いのを使っていた。 毎年、同じ村の1年先輩から譲ってもらった。それら教科書は汚れていた、落書きもあった。ときには破れていることもある…

弁当

給食がなかったから弁当を持って通学した。 アルマイトの弁当箱にごはんをいっぱい詰めて、まん中に梅干しが入っていた。これが、昔から続いている『日の丸弁当』だ。 アルミニウムは酸に弱く梅干しでも穴が開くので、腐食を防ぐよう表面加工したのがアルマ…

莚(ムシロ)

絵・ムシロ織機 絵・縄綯い機(なわないき) 母は納屋で1日中織機の前に座り両手両足を使って、ゴットンバッタンと莚(ムシロ)を織っていた。 ムシロ織機は母の実父であるおじいさんが、「女が土方(どかた)仕事をするのはかわいそうだ」と言って購入してくれ…

農繁期

絵・鋤(すき) 5月になると「猫の手も借りたい」といわれるほど農作業の忙しい時期となった。まず、麦を刈りとって、牛に引かせた鋤(すき)で田を掘り起こす。次は、人の手で鍬(くわ)を使って土の塊を小さく砕いていく。それから田んぼに水を入れて、再び牛…

誘蛾灯(ゆうがとう)

田んぼのあぜ道に誘蛾灯があった。低い台の上に農薬を入れたタライがあり、その上で青白い不気味な光となって輝いている。寒々(さむざむ)とした青い色だった。 タライの中には光に誘われて集まってきた害虫が死骸となって浮いている。 そのころの家庭は、ま…

田車(たぐるま)

田植えが終わってひと月もすると稲は大地にしっかり根付いてきた。植えたときには若草色のか細い苗だったが、今では深い緑色に変わって太くたくましくなっている。 中学生のとき、夏休みに入って早々、母から田車での草取りを言いつけられた。涼しいうちに作…

田の草取り

夏の炎天下、祖母と母が田んぼの中を四つん這いになっている。稲のまわりに生える雑草や稗(ヒエ)を手で掻き取りながら土をかき混ぜている。稲の根に酸素を与えてやるのだ。水に足と手を入れての作業ではあるが、容赦なく背中に降り注ぐ真夏の太陽を避ける…

浜千鳥

青い月夜の浜辺には 親を探して鳴く鳥が 波の国から生まれ出る 濡れたつばさの銀の色 童謡・浜千鳥

大腸炎

小学2年の夏休みだった。夕方、動くのがしんどくて畳の上に寝ているのを母が見つけた。 痛みがなかったので自分では「病気になった」という認識はなかったが、「どうした」 ぼくの額(ひたい)に手を当て、あまりの高熱に仰天した母は、ぼくを背負って隣町の…

予感(1)

9歳のときだった。となり村にある親戚の有線放送が「今朝、xxさん宅に泥棒がはいりました…」 繰り返し放送していた。「xxさんの家は、駅からここへ来る途中にある大きな地蔵さんの前の家か」 ぼくの言葉に、「どうして、その家を知っているの」 伯母さ…

雷さま

8月の初め、昼の3時ごろからすさまじい雷が襲(おそ)ってきた。 家から500メートルほどしか離れていない無人の変電所を襲っている。 稲妻が幅1メートルもある光の帯となってバシッという轟音(ごうおん)とともに鉄塔に落ちた。 瞬間、碍子(がいし)が火…

案山子(かかし)

山田の中の1本足のかかし 天気も良いのに蓑かささして 朝から晩までただ立ちどおし 歩けないのか山田のかかし 童謡・かかし 秋になり稲穂が頭(こうべ)をたれるころになると、田んぼにスズメが群がる。せっかく実(みの)った米をスズメに食べられてはたまら…

出た出た月が まるいまるい まん丸い 盆のような月が 童謡・月

枇杷木のおじさん

絵・はでご(稲架=はさ) 稲刈りの日が近づくと田んぼの隅にはでごを立てた。長さ5メートルほどの杉の柱4本を3メートル間隔で立て、長い孟宗(もうそう)竹を横に渡して6段の棚を作った。 はでごは台風などの強風に倒れないよう風向きを考え、日当たりの良…

傘(かさ)

新しいかさ おばあちゃんが買ってくれたかさ ぼくのかさだ 外に出て、いきおいよく開いたらバリバリっと音がして ぷーんと新しい油のにおいがした とてもいいにおいだった はやく雨がふるといいのにな 小学2年のとき、父兄参観日に教室の黒板に書き出された…

取り入れ

絵・稲刈(いねかり) 絵・稲架(はさ)かけ 10月中旬、祖母が天気を気にしている。 そろそろ稲刈りの季節だ。「よし、今度の日曜日には稲刈りをするぞ」 毎日夕方になると西の空を見ていた祖母が今週末には晴れると確信して決断した。 「起きろ、今日もい…

脱穀(だっこく)

絵・脱穀作業 絵・脱穀機 11月中旬、稲架(はさ)で天日干ししていた稲から籾米を取り出す(脱穀)時期になった。 家の近くの田んぼは祖母と母が稲を家まで持ちかえって脱穀したが、林地区の田んぼは量が多いので現地脱穀することにしている。 日曜日の朝…

村祭り

村祭りは9月9日の「十日祭り」と、10月31日の夜から11月3日までの「本祭り」との2回に分かれている。 十日祭りには石見神楽奉納がある。 9月9日の午後から学校も休みになり翌日も休みだ。 ぼくらは、うきうきと心をはずませて学校から帰り、Y君…

紅葉

秋の夕日に照る山もみじ 濃いも薄いも数あるなかで 松を彩る楓(かえで)や蔦(つた)は 山のふもとの裾もよう 童謡・紅葉