温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

鯉のぼり

いらかの波と 雲の波 かさなる波の なか空を たちばなかおる 朝風に 高く泳ぐや 鯉のぼり 文部省唱歌

福光城十無い淵伝説

3年前に投稿した「温泉津町福光・遥かなるふるさと」の大川の項で「とおない淵」伝説を記述していたところ、これについて読者の方から「姫路文学館で特別展示してある『怪談皿屋敷のナゾ』に出ていますよ」との貴重な御意見を頂いた。 さっそく姫路文学館に…

小魚のすり身

母の言いつけで隣町の魚屋へスリ身を買いに行った。 隣町へ行くには片道3キロほどしか距離はないが、自転車に乗ったままでは越すことのできない坂道を往復しなければならない。 嫌だが行かなければ僕の好きな鍋ものを食べることができない、しぶしぶ自転車…

仰げば尊し

あおげば尊し わが師の恩 教えの庭にも はや幾年 思えば いと疾し この年月 今こそ 分かれめ いざさらば 童謡・あおげば尊し

おなご先生

女性教師のことを僕らはおなご先生と呼んでいた。これは蔑称ではなく男性教師をおとこ先生と呼ぶながれでおなご先生と呼ぶだけのことであった。 若い先生は白のブラウスに地味な色のロングスカートを穿き白のズック靴スタイルが多かった。 1954年(昭和…

カバン

ランドセル 秋祭りで帰省していた3人の叔母さんが、来年4月、小学校へ入学する僕にランドセルを買ってくれることになった。 僕は叔母さんらに連れられて隣町の文房具店へ行った。 店のおばさんが出してきた2個のランドセルを前にして「どれがいいか」と叔…

遊び・パッチ

メンコ(面子)のことを僕らはパッチと呼んでいた、関西ではベッタンと呼んでいる。いずれも地面に叩きつける際の音からきている。 丸形と長方形のものがあり、僕らがよく使っていた丸形にもサイズが各種あって僕のは15センチほどもあった。 「パッチしよ…

裸足

昭和二十六年(一九五一)四月、新しいランドセルを背負いズック靴を履いて村の小学校へ入学した。 ズック靴は一年で破れ、後はゴム草履かワラ草履で通学した。高学年になると下駄での通学が多かったがいずれも素足である。 ズック靴のときも素足に履いてい…

ライスカレー

油で炒めた玉ねぎ、にんじん、ジャガイモを鍋でじっくり煮て、野菜それぞれの形が崩れてきたものにカレー粉を入れ、さらに水で溶いたカタクリ粉でトロミを付けて出来上がりだ。 これがわが家のライスカレーだった。 肉類は隣町まで峠を越えて買いに行かなけ…

ヤギミルク

中学生のころ、近所に来たお嫁さんの母乳が出ないため、ヤギの乳で赤ちゃんを育てているということを聞いた。 「ヤギの乳?飲めるんか」 ヤギを飼っている同級生のH君に聞いた。 「牛乳より栄養があるんだぜ、俺の家(うち)でも乳を飲むために飼っているん…

遊び・ビー玉

「ビー玉」のことを僕らは「ラムネ」と言った。元来、清涼飲料水ラムネの栓として作られたもののB級品で栓に使えないものだから「ラムネ」と言うのが正しいと思っていた。 ビー玉は祭りの日の出店で買った。 少年らはビー玉でよく遊んだ。 庭の土面に直径5…

真っ赤な秋

まっかだな まっかだな つたの葉っぱが真っ赤だな もみじの葉っぱもまっかだな 沈む夕日に照らされて まっかなほっぺたの 君と僕 まっかな秋にかこまれている 童謡:真っ赤な秋

雪平鍋

現在の雪平鍋は蓋の無い片手鍋を言うようであるが、僕の幼少期は蓋の付いた土鍋の一種であったように思う。 分厚い土鍋であったため、七輪の炭火でコトコトと長時間かけて煮たり煎じたりするものに適し、家族が病気になったとき薬草を煎じた。 風をひけばキ…

5勺の米

勺(しゃく)は尺貫法の体積の単位である。1合(ごう)=約180ミリリットル)の10分の1が1勺になる。だから1合の半分が5勺だ。ちなみに「わんかっぷ大関」は1合らしい。 まわりくどい説明をしてしまったが、僕が小中学校の修学旅行のとき1人1泊…

紅葉のころ

生まれたときから住んでいる僕にとって春には桜が咲き、秋に山が紅葉するのは当たり前のことであって花や紅葉を愛でるという気は起きなかった。 だが、年によっては土手に咲き誇った桜を、黄色に染まった山を見て「きれいだな」と思うことがあった。 そんな…

ヤキメシと茶わん蒸し

高校でバスケット部に入っている長兄が遠征試合から帰った数日後、 「松江で焼き飯を食べたらうまかった」と初めて食べたヤキメシなるものをわが家でも作ってみることにした。 「何が入っていたか」 「玉ネギ、ニンジンにハムはあったな」 長兄は具材を思い…

ラクダシャツ

冬になるとラクダ色の分厚い下着を着ていた。 僕らはラクダシャツと言っていたが、実態はラクダの毛から造ったシャツをラクダシャツと言い高価であったため、僕らの着ていたのは表面がラクダ色、裏は白色の綿シャツだった。それでも分厚く裏はネル(表面が起…

村祭り

村の鎮守の神様の 今日はめでたいお祭り日 ドンドンヒャララ ドンヒャララ 朝から聞こえる笛太鼓 (童謡・村祭り)

桐と松

盆の数日前、祖母が隣町から兄弟3人分の下駄を買ってきた。 盆踊りに履く歯の短い下駄である。さっそく履いてみようと玄関に持っていくと、 「だめだ、新しい物は夜におろすものではない」 迷信を信じる祖母に止められた。しかたない、明日の朝にするかと座…

 製糖工場

高校2年の春、国鉄の汽車で通学していた。 学校があるのは僕の家の最寄り駅から三つ目の駅だったが、その一つ手前の駅裏手で造成工事が始まった。 大きな工場が建つらしく、既存の町営住宅を別の場所に移し、さらに周辺の松林も切り開いて平地に造成した。 …

兄弟おじさん

小6から新聞配達をしたアルバイト先は40代と30代のおじさん2人で地域の中継配送を受け持っていた。おじさんたちは午前3時に出発して30キロほど離れた町まで当日の朝刊を受け取りに行き、受け持ち地区内に配送していた。 そのために自動車やオートバ…

温泉津町福光・遥かなるふるさと(追補版)

よもやま物語

聴聞

僕の家から見える位置に3軒のお寺があり、それぞれ真言宗、浄土宗と禅宗であった。 これらのお寺では数年ごとに法会が行われていた。 ある日曜日、真言宗のお寺で法会(ほうえ)があった。数年にいちど行われる法要(ほうよう)で読経と説教がある、そのうえお…

 百葉箱

小学校の前庭に百葉箱と雨量計があった。百葉箱の中には気温と湿度を測る乾湿計が置いてあった。 百葉箱の周辺は芝生になっていて、その中に雨量計が半分土中に埋められた状態で設置してある。 授業で使うのは高学年になってから1回だけであとは放置状態だ…

オルガン

小学校の1年から6年までの各教室にオルガンが1台ずつあった。 オルガンはアコーディオンやハーモニカのようにリードを風で振動させて音を出すもので、足踏み式のフイゴを動力源としていた。 1年から4年生までは女先生がクラス担任になり、音楽を含むす…

寄合(よりあい)

午後7時を過ぎているのに祖母は家の中にいる。 「おばあちゃん、もう7時を過ぎとるで、今夜は寄合だろ」 寄合と言っている集落の会合場所は集落の外れ近くにある寺だ、祖母の足では10分はかかる。 「そんなに、待ってましたというように早く行くものでは…

大阪

中学1年の夏休みに大阪の叔母の家へ遊びに行った。 夏休みが始まるとすぐに従兄が遊びに来て、8月14日までを僕の家で遊び、後半を大阪へ行くことにした。 8月14日早朝、すっかり夜は明けていた。田舎の朝は早い。近所のおばさんが、もう田んぼに入っ…

高校2年のときだった。朝、教室は重苦しい雰囲気に包まれていた。あちらこちらで集まって小声で話している。 「どうしたんや」。 「Yが死んだ」 「Y君か、どうして」 「自殺らしい」 一番前の列にある自殺した彼の席は空いていた。 同じ中学出身のO君も事…

青酸カリ

もう50数年前の話になる。 当時僕は工業高校の工業化学科3年だった。 ある日、担任が神妙な面持ちで教室に入ると「皆、よく聞いてほしい」 いつもニコニコして愛想のいい先生だから皆が親しみを持っている担任だった。こんな神妙な顔を見るのは初めてだっ…

映画

「今晩映画に行くから昼寝しときや」 野良仕事に出かける母が言った。 「やったー」 僕は飛び上がって喜んだ、4歳の頃の思い出だから昭和23年頃のことだ。 当時、村に映画館は無く、年に数回公会堂(芝居小屋)に巡回映画が来ていた。 さっそく枕を出して…