温泉津町福光・遥かなる故郷

僕の少年時代(昭和20年から30年代)の思い出

タヌキとムジナ

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  タヌキ

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  アナグマ

 僕の少年時からタヌキとムジナ、アナグマは同種として分類されていたが、僕は「違う」と反論を持っていた。

 ムジナは人に対していたずらは仕掛けても危害を加えない、どちらかというと愛嬌のある獣だと思っていた。

僕が中二の夏休みだった。昨夜から隣町に酒を飲みに行った青年が朝になっても帰ってこないということで、村中の人が集まって捜索にでた。そんな中、青年がケガもなく元気に、ひょっこり帰って来た。「どうしてたんや」家族の詰問に、青年は「わからん」と言ってポツポツと話をした。

隣町で酒を飲んだ青年が峠を越えて家へ帰ろうとしたが灯を忘れてきた。

わずかな月明かりの道路を峠にかかったとき、4,50メートル先を人が歩いていたので追いついて二人で峠を越えようとしたが、いっこうに追いつくことができないまま、その後の記憶をなくしていた。朝、気づくと峠のトンネル出口の上で寝ていた。一回寝返りをすると下の道路に落ちるトンネルの縁であったのだ。ふしぎなのは、そこへ行くには広い道路から獣道のような旧道へ上らなければならないし、自分から行くはずがない。

「前を歩いている人が、フーンフンと鼻歌を歌っていた」と青年が思い出したとき、捜索に加わっていた老人が「そりゃータヌキだよ、タヌキだからいたずらだけでケガをさせずに帰してくれたんだ」と言い、「タヌキに抓(つま)まれたんじゃしかたない」皆が笑って解散したことがあった。(この項は本編に記述済み)

 あの時、解散しての帰りに村で猟をしているおじさんが「タヌキとムジナは全く違う獣だ」と言っていた。タヌキなら危害を被ったであろうし、鼻歌を歌うのはムジナだ。とも言っていた。

20年ほど前に購入した本、「羆(ひぐま)吼(ほ)ゆる山」(著者今野保 中公文庫)を読み直していると。その中にタヌキとムジナの違いが明確に記述してあった。

「タヌキとムジナは、一般には同一の獣とされるが、日高の奥地にいるタヌキは太い尻尾を有し、この尻尾が根元から切断されたようになっているのがムジナである。タヌキの尻尾の長さは30センチほど、これにたいしてムジナは10センチに満たない。体色、体型には両方ともほとんど変わりないが、体の大きさはタヌキの方が大きく、ムジナはほぼ人周り小さかった」とある。

 また世間でよく使われる「タヌキ寝入り」についても、「アイヌ漁師沢造が小屋の少し上の、ヤマブドウの蔦を用いて仕掛けておいた罠にムジナがかかっていて、ポンポンと跳ねているのが目にとまった。佐造が近づくと、これがまたとぼけた奴で、コロリとその場にひっくりかえり、足に掛かっている罠を外してやっても走りだそうとせず、いや、横になったままピクリとも動かず、そのくせ目玉だけは大きく見開いてギョロギョロさせている。そこで沢造は、もう一度罠でその足を挟んでからそこを立ち去り、やや離れた木蔭に体を隠して、そっと見ていた。やおら立ち上がったムジナは、なんとかして足の罠を外そうと、またポンポンと跳ねだした。

 人が見ていないところでは懸命になって罠を外そうとするのだが、人の気配を感じるとすぐに死んだふりをするのである。これにたいして、タヌキは体型も毛の色もムジナと同じに見えるが、罠に掛かると死んだふりどころか歯をむき出して反抗するものが多い。尻尾の長短のみならず、こんな性格の違いからタヌキとムジナは別の獣である、と沢造は言う。

 立木の蔭から、跳ねるムジナを見ていた沢造は「エヘン」と大きく空咳を送ってやった。ムジナはあわてて、またもやゴロリと横になり、動かなくなった。それを見て思わず吹き出した沢造は、一気にムジナの息の根を止めてしまった」

 この「タヌキ寝入り」について世間一般の書では「タヌキが気絶する」とあるが、アイヌ猟師の沢造によれば「寝たふりをしているだけ」ということになる。 

 僕の考えていたようにタヌキとムジナは全く異種の獣であった。ただ、ムジナはアナグマのことだという説もあるようだが、これについてはよく分からない。

 

2017年春、実家の菩提寺へ墓参するため最寄駅から里山の峠道を歩いていると、ほんの目の前、5メートルほどの空き地でタヌキが餌を探していた。僕の存在を知らないはずはないが、まったく無視していた。彼らにとって人間は怖れるに足りない存在になっている。

 尻尾を見ればタヌキかムジナか分かるような気がするが、写真を見ても尻尾は写っていなかった。

 ともあれ、僕のふるさとではタヌキ、ムジナを明確に区別することなくタヌキとしていた。そのときどきによって、タヌキと言ったり、ムジナと呼んでいたのである。

無駄な話をしたようだ。

 

 

堆肥

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 コメの取入れも終わり一段落ついた晩秋、来年のコメ造りにむけて堆肥を作っていた。

 母が納屋に保管しているワラのうち昨年の古いワラを取り出して庭に積み上げた。

 柿の木の横に長さ3メートルほどの丸太を立て、木を円心にワラの根元を外にして積み上げていく。

 1メートルほども積みあがったところで、鶏糞で汚れた鶏小屋の敷きワラを載せ、またワラを載せていった。

 ここで僕が上に載って積み上げたワラを踏み固めていく。

 母がトイレに溜まっているオシッコを僕の足元に流し込む。その上から僕がワラを敷き詰めて抑え込んでいく。普段は見るのも嫌な尿でも、風が横に吹いているからそれほど臭くは無い。

 せっせと積み重ねて2メートルほどになったとき、ワラを屋根状に積み上げて完了だ。

 半日かかって二山(ふたやま)の堆肥を造った。

 あとは来年春の田支度まで放置しておけばいい。

船頭さん

 

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  ♫むらの渡しの 船頭さんは 今年六十のおじいさん 

  年はとっても お舟をこぐときは 元気いっぱい 櫓(ろ)がしなる

 ソレ ギッチラギッチラ ギッチラコ♫       童謡・船頭さん

   (絵の説明・正面の山頂一帯は石見国都野氏の月出城跡、SLは2018年に廃線になった三江線、川は江川『ごうがわ』)

 

 山深い里にある母の実家から街へ出るには、山陰本線の最寄り駅まで1時間かかったが、支線である三江線の駅なら30分ほどだった。だが、橋がないため渡し船で、中国地方で一番大きな河、江川を渡らねばならなかった。

 小学生のとき、僕も数回乗った記憶がある。

 ある年、街へ買い物に行く従兄が連れて行ってくれた。従兄は七人兄弟の五番目だったがすでに20歳を越え、近くの瓦場(製造工場)で働いていた。

 川岸に出ると、岩に腰かけていた船頭のおじいさんは、手に持っていたキセルを左手の掌を支点にポンと叩いて火を落とし黒いケースに収めてから腰帯に差し込んた。それから立ち上がって舫いを解き、舟を手で押して対岸に向けた。

「お願いします」

 従兄と僕は挨拶して舟に乗った。川の渡し用に造った浅い木造船で幅が広く従兄が立って移動しても安定していた。他に乗客はいない。

「ヨイショ」

 竹竿で舟を岸から離したあと、ギーコ、ギーコと櫓を漕ぐと、舟の舳先を左右に揺らしながら進んで行く。

 この地点の川幅は30メートルほどだ、そのため流れもある。両足を踏ん張り腰をかがめて力いっぱい櫓を漕ぎ、対岸の目的地には向かわず上流に上っている。やがて舳先を上陸地に向けると一気に流れに突っ込んだ。ガクンと揺れて速度が上がり、流されながら上陸地へ近づいた。

 ザザザーと舳先が対岸の砂礫に乗り上がって止まった。

「ありがとうございました」

 従兄と僕は礼を言って舟から飛び降りた。

 この渡し場に桟橋は無い。たびたび増水する大河だから桟橋などは造ってもすぐ流されてしまう。

 乗客は河原の砂礫の上から乗って、砂礫の上に飛び降りるのだ。年寄りや若い女性の乗り降りのための木製踏み台が舟に載せてあった。

 従兄は代金を払わずスタスタと歩き出した。

「おカネはいらん?」

 代金を払わなくてもいいのか、と聞いたが無口な従兄は「いらんのや」とだけ言った。朝5時すぎの一番列車から夜8時ごろの終列車までは、駅を利用する人のため行き来している。村から給料をもらっているだろうと思うことにした。

「それに、あの爺さん、話し掛けたら面倒がるでの、誰も話しかけん」

 へんくつ爺さんだと従兄は言っているらしい。

 振り返ると船頭さんは岸に半分だけ乗り上げた舟の上に座って、キセルでたばこを吸っていた。僕らが乗る列車から降りてくる乗客を待って対岸へ帰る。

 早朝と夜、暗くなったらどうするのかと思って周りを見ると川岸の竹林の出口に外灯が一本立っていた。両岸にある外灯を目印に往来するらしい。

 舟から下りると竹林の中にある細い道へ入った。この道も造成したものではない、長年にわたって村の人が行き来して自然に道になったものである。それでも踏み固められた土の道で歩くと気持ちよかった。

 竹林を出ると駅舎が上に見えた。10メートルほどは急な坂道を上らなければならなかった。

 

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 船頭さんとキセル

 

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外灯

村の鍛冶屋

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 しばしも休まず つち打つひびき

 飛び散る火花よ はしる湯玉

 ふいごの風さえ 息をもつがず

 仕事に精出す 村の鍛冶屋  

    文部省唱歌

 

 わが家で使う鎌や鍬などの農機具は隣町の鍛冶屋で買っていた。

 金物屋で買うのが普通であったが、鍛冶屋で買ったものは修理も心安く受けてくれるし、物も良かったからである。

   稲の取入れが終ったある日曜日、冬を越すための雑木を集めることになった。

 ひと冬分の風呂焚きや台所の薪にする雑木だから大量に必要だ。

 祖母は木こり鎌二本を鍛冶屋で修理してもらうため隣町の鍛冶屋へ持って行った。

 鍛冶屋のおじさんは祖母から受け取った鎌を見て、「ずいぶん使ったのう」と言いながら作業中の鉄を横に置いて、わが家の作業に取り掛かってくれた。

 ニコリともしないが優しさ溢れた年寄りだった。

 鎌の柄を取り外したあと、ゴー、ゴーっとフイゴで風を送って盛んに熾した火と炎の中に 錆び付いた鎌を突っ込んだ。真っ赤になった鎌を取り出し新しい鋼を取り付けて金づちで叩きながら形を整えた。 また火の中に突っ込んで真っ赤に焼けた鎌を水に浸けた。ジャーと大きな音がして水面を湯玉が走った。後はグラインダーと砥石で刃を尖らすだけだ。

「買い物してきますけー」

 祖母は外に出た。

 夕方、鍛冶屋へ行くと、鎌は出来上がっていた。

 刃はピカピカに光り、尖っていた。そのうちの一本は新しい木の柄に替わっている。

 「いくらですか」祖母が修理代金を聞くと、

「ええよ」

 おじさんは代金を受け取らなかった。

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  ふいご(手動送風装置)

蕗のとう

 

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 初春に雪を掻き分けて芽を出すふきのとう、天ぷらにするとわずかな苦みと香が口いっぱいに広がる。僕の好物だ。

 

 幼少期、わが家の周りにはふき(蕗)が雑草のごとく群れていた。

 だが、ふきのとうについてはまったく見たことも食べたこともなかった。食べることができることを知らなかったから単なる野草として見落としていたかもしれない。

 

 ふきが群れていたからふきのとうもあったはずだが、大人になって関西へ移住して、はじめて知った美味しい野草である。

トロッコ

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「ええところ見つけたで」

 夏休みのある日、次兄が僕に耳打ちした。次兄が中2で僕が小4のときだった。

「なんや」

「トロッコや、あれは気持ちいいで」

「どこや」

「ちょっと遠いけどな、道路を広げるため、今の道の横の谷を埋めているんや、あすこにあるで、日曜日は休みで誰もおらん」

 次兄の言う場所までは30分ほどもかかる村境にあった。そんなところまで遊びに行ったということが信じられないぐらいだ。

 村でも評判のわんぱくグループであった次兄らは遊ぶのも広範囲だった。僕らは家(自宅)の見える範囲で遊んでいたが次兄らは隣村へでも遊びに行っていた。

「こんどの日曜に連れて行ってやろか」

 めずらしく次兄から誘いがきた。

 次の日曜日、昼ご飯が過ぎてから家をでた。僕らの集落を抜けてさらに隣の集落も通り過ぎると、村道は山の坂になり大きく曲がって上っていった。

 大曲を上った右手の谷を埋めて直線的な道路を造っている工事現場があった。そこにトロッコが一台止まっていた。次兄グループが走ってトロッコに取り付き、村道のすぐ下まで押し上げてきた。

「乗れ」

僕とY君を乗せて次兄がトロッコの箱の後ろに立った。

「ええか」

次兄のグループが後ろから押した。

少しずつ動いていたトロッコが下り坂に入ってスピードを上げた、押していたグループは手を放して立ち止まった。

ゴー

轟音とともに、ものすごい風が顔に当たった。

「うわー、うわー」

 ものすごく早いと感じた。30メートルほどのレールが「あっ」という間に終点に近づいた。

 切れている道のその先に、このまま飛び込むかと思った、そこは深い谷だ。

「うわー、落ちる」

 僕とY君は目を瞑ってトロッコにしがみ付いた。

 トロッコは車止めにドンとぶつかって止まった。次兄が箱の後ろに付いているブレーキ棒を足で蹴ってブレーキを掛けたが、僕らを怖がらそうとする魂胆があったから最後の最後までブレーキを掛けなかったのだ。

「どうだ、恐いやろ」

 次兄の顔が得意満面であった。

「もういちど乗るか」

「いや、もういい」

 僕とY君の両足が震えていた。

「なさけないやつだ」

 次兄の顔が勝ち誇っていた。

 次兄らのグループはまだ乗るらしい。何回も押し上げてトロッコに飛び乗り歓声をあげながら下って行った。僕らは少し離れた場所に座って観ているだけだ。

 次の日曜日、次兄らのグループ3人はトロッコのところへ出かけて行った。

 もう僕らは行かなかった。

 数時間後、次兄グループが、ずいぶん早い時間に帰ってきた。

「おまえ、行かなくてよかったぞ」

 次兄が首をすぼめた。

「調子よく乗っていたらな、上の道を車で通りかかった工事の人に見つかってな。こらーって怒りながら走ってきたで、おれらは一目散で、山の中に逃げ込んだよ。工事のおっさんらは山の中までは追って来んけえ」

 それでも道路には出ず、山の中をたどって家まで帰って来たと言った。距離的には道路を歩くのと同じぐらいだ。

「そんでもな、本当に怒った人間は飛び上がるもんだな」

 次兄が両手をあげ両足を開いて飛び上がった。怒った人のまねをしたのだ。

次兄は叱られたという気はない、うまく逃げたと自慢した。

 

四日悲しやダンゴ餅

 僕の幼少期、正月三が日は毎食餅の雑煮を食べ、夜は母も一緒に花札やトランプゲームでワイワイと騒いでいた。ほんに楽しい正月だった。

 四日の朝、雑煮は小麦粉で餅の形に造ったダンゴであった。食べると粘りがなく全然うまくない、実に味気ない雑煮だった。餅の雑煮はもう来年の正月まで食べることができない。モロブタ(木製餅箱)数枚も残っている餅は焼いて食べるのだ。

「いつまでも正月気分でいてはいけない」と気を引き締める食事だったが、「もう、正月は終わってしまった」と寂しさを味わった。

 母は、仕事にかかり、夜に子とゲームをするのは正月三が日だけだった。

 今日は1月4日だ、ダンゴ餅なんて食べない。それでも1月4日は嫌いだ。

初めてのお使い

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 朝は晴れていたのに午後になって降り出した雨は勢いよく降っている。

「兄ちゃんに傘を持って行って」

 仕事をしていた母が納屋からでてきた。

 小学校へ行っている長兄と次兄へ傘を届けるのだ。

 母は、二人の兄が着古したオーバーコートを僕に着せた。身丈は足元まであった。両腕を出すため袖口を大きく折った。

 五歳の僕が二本の番傘を手に持って自分の傘をさすのは難しい。母は二本の番傘をひもで括って僕の背に斜めに結んだ。背の低い次兄がチャンバラするときに、木の枝で作った刀を背居って「佐々木小次郎だ」と言っていたのを思い出して気に入った。

 道中で落ちないよう、背にしっかりとたすき掛けに結んでくれたので、重くとも動きに不自由はない、だが、自分ではほどけない。

 僕の傘は小学校へ入学したら買ってくれるが今はない。大きな番傘をさして、意気揚々と家をでた。学校までは僕の足で30分かかる。それでも田舎の大道だから迷うことはないし寂しくもない。

 学校に着いた。

 ちょうど休憩時間らしく構内はざわついていた。

「お兄ちゃん」

 教室から体育館へ通じる廊下の窓に向かって、できるだけ大きな声で呼んだ。

「学校へ着いたら下駄箱のあるところへ入って、誰でもいいから兄ちゃんを呼んでもらうんだよ」

 母が何回も言っていたことを忘れ、窓の外に立って呼んでいた。

 校内からなんの反応もなかった。もういちど大きな声で呼んだが反応がない。

 三回目を呼び終わったとき、窓を開けて上級生らしいお姉さんが顔をだした。

「誰を呼ぶの」

 お姉さんが聴いてくれた。長兄の名を言った。

「ちょっと待ってね」

 お姉さんが顔をひっこめた。ほどなく長兄が出てきた。

「お、かっこいいな」

 僕の小次郎スタイルを長兄がほめてくれたので嬉しくなった。さきほどのお姉さんをさがしたが、お姉さんは来なかった。

 僕を生徒用の玄関へ連れて入りひもを解いて傘を取ると体が軽くなった。

 そのとき、次兄が数人の仲間と一緒に走ってきた。

「お、傘か」

 毎日僕と取っ組み合いの喧嘩ばかりしている次兄がいやに優しい顔で近寄って「傘なんかいらんけどな」と言いながら嬉しそうに長兄から受け取った。

「よし、終わった」

 誇らしい気分で学校をでた。

 カンカンカンと鳴る始業の鐘を背に聞いた。

 大道を歩いて中ほども帰って来たとき、対向してきたお姉さんが「どこへ行ったの」と言いながら近寄って来た。初めて出会った村の人だ、僕の知らない人だった。赤色のきれいな和傘をさしていた、ずいぶん軽そうな傘だった。

「兄ちゃんに傘を持って行った」

 僕は誇らしい気持ちのまま元気に言った。

「そう、賢いね」

 お姉さんは僕の前で腰をかがめて傘を広げたまま地に置いた。そして外れている僕のオーバーコートの一番上のボタンをはめてくれた。

 ふと、お姉さんの良い匂いが漂った。この香りは僕の脳裏にしっかりと残ったが、香水だと知ったのは数年後のことだ。わが家には無い香だった。

「気をつけてね」

 お姉さんは優しく僕の肩をポンとたたいた。

 ものすごくうれしくなった。

「早かったの、ちゃんとお兄ちゃんに渡したか」

 家へ帰ると母は機嫌よく僕を迎えた。

「うん、渡したよ」 

 僕の初めてのお使いは終った。

 

 

 

雨降り

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 雨あめ降れふれ かあさんが

 じゃのめで おむかえ うれしいな

 ピチピチジャブジャブ ランランラン

   童謡・雨降り

 (背景は元・温泉津小学校上村分校『現・地域会館』島根県大田市

家路

 

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 遠き山に日は落ちて・・・

 情景とメロディーだけは覚えていたが曲の題名を思い出せないでいた。

 メロディーはしっかり覚えているので学校で教わったはずだ、だとすると中学の音楽だろう。と思っていた。

 最近、やっと思い出して、ドヴォルザーク作曲の「新世界」に堀内敬三が詩を付けた唱歌「家路」だということが分かった。

 

   遠き山に 日は落ちて

 星は空を ちりばめぬ

 今日の業(わざ)を なし終えて

 心軽く 安らえば

 風は涼し この夕べ

 いざや 楽し まどいせん

 まどいせん

   童謡・家路

 

 

 絵にしたいと筆を執った。本来はもう少し薄暗い夕方であったが、絵にはできなかった。

 一日中農作業という束縛から解き放されて心軽やかに家に帰るのが黄昏どきであった。

 今でも黄昏どきは好きだ。